時雨れる心の在りか #2

現実のわたしが使う名前で
わたしを呼んで

現実であなたが使う名前で
あなたを呼びたい

本当の名前で
呼び合える日が
来ればよかったのに


***


>> ゆりちゃん、レベル上げに行こうぜ

彼からはたびたびパーティーのお誘いを受けた
もちろん彼女もいっしょに

彼らにとってわたしは一緒に遊ぶのに
非常に都合が良かったからだ

なぜなら


>> 彼氏も連れて来いよ


そう、当時わたしも同じサークルの冒険者と
現実でお付き合いを始めたばかりだったから


プレイヤーが4人集まれば
上手な連携次第で
たいていの敵を倒すことはできる
わたしたちは4人で本当に良く遊んだ


>> 凛華はここに居て


彼は彼女のことを仮想世界であっても
現実の本当の名前で呼んでいた
そのことに彼からの深い愛情を
感じずにはいられなかった


<< 彼女の現実のお名前も とても美しいのね

>> とんでもないです

謙虚にふるまう彼女の
はにかんだ顔が見えた気がした


木々がうねった道を遮り
ただでさえ視界の悪い森の奥で
小さな彼が低い視点から
ターゲットの敵1匹だけを
上手に魔法で ”釣り” 上げる

不意を突かれて怒りに狂った敵が
彼を追いかけて
彼女とわたしたちの待つ
広場へとやってきた

白い鎧を纏い、細身のレイピアを構え
大ぶりの盾を身に付けた美しきエルフが
すかさず、彼を守るように敵を惹きつける

阿吽の呼吸でおこなわれる
仲睦まじい夫婦のような
素晴らしいコンビネーション

アバター恋愛の模範的な姿を
ふたりから学んでいたように思う





現実でもわたしたちはよく遊んだ
初めて会ったのは、横浜の中華街だったかしら

高級ブランドのサングラスにTシャツ
肩まで伸びた茶髪には軽くウェーブがかかり
現実でも異色の存在感を放っていた彼

”儚い” とは彼女のためにある言葉だと断言できるほどに
小さく細く、透き通るような銀白色の肌に
長く真っすぐ艶のある黒髪を持ち
神秘的な切れ長の美しい瞳の彼女

ふたりとも
現実の姿さえもアバターのイメージのままだった


中華まんを買って食べ歩いたり
チャイナ服を着て写真を取ったり
いつもと変わらない4人での冒険を楽しんだ

おなかが空いたねと
4人で食べたランチをきっかけに
ふたりには大きな違和感を感じるようになる




「ここのエビが旨いんだ」

そういって高級そうな中華料理店に入る彼
ごく自然に彼女も彼の後ろに続く


案内された席につくなり

「エビ8人前お願い」

彼はメニューも見ずに
当然のように店員に注文した

「え、8人前?!」

わたしは思わず声をあげた

「いや、美味しいんだって。ゆりちゃんも食べて」

程なくして、手の込んだ何かのスープで茹でられたエビ8人前と
4人分のフィンガーボールが円卓に並べられた

むしゃむしゃと手でつかんでエビを平らげる彼
それをほほえましく見つめながら
白く細長い指でエビの皮をむく彼女

もちろん食べたのはエビだけじゃなかったけれども


お会計は5万円を軽く超えた
学生4人で行くランチの値段ではない

彼の異常な金銭感覚から
切ない恋の行方を想像するには

わたしはまだあまりにも未熟過ぎた



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恋し続けるために顔晴ることの一つがnote。誰しも恋が出来なくなることなんてないのだから。恋しようとしなくなることがわたしにとっての最大の恐怖。いつも 支えていただき、ありがとうございます♪