忘れられた打ち上げ花火:第7話
「こんにちは」
少し緊張した様子で微笑む
現実のあなた
「ふふ、はじめまして」
はじめましてじゃない
はじめまして
仮想世界で話すように
いつもの会話が始まり
特にあてもなく
自然にふたりで歩き出す
そう
わたしにとって
やっぱりあなたは
アバターのままのあなたで
あなたにとっても
やっぱりわたしは
アバターのままのわたしだ
***
「良かった、ゆりさんが同じくらいの歳の人で」
駅を出て交差点を渡り切ったところで
ようやく現実の姿の話になる
そうは言うけどあなた
わたしの顔、全然見ていないわよね
女性から自分の年齢を言わせることのないように
注意しないといけないわ
「あの、わたし30代だけど」
「あぁ、俺25だよ」
一瞬目が点になる
何を言っているのかしら
今日はどういう ”設定” で
ライブに来てくれたのかしら
「ふふっ」
可笑しすぎて
笑いがもれてしまう
「いや本当に25だから」
「はいはい」
あなたの一生懸命かわいらしい様子に
ごめんなさい、笑いが止まらない
少しムっとした様子のあなた
「ゆりさん、レンタル彼氏って知ってる? 」
何それ、彼氏レンタルできるのかしら
視線を左上に向けて考えるふりをする
「俺、今日一日ゆりさんの彼氏だから」
「ほぉ」
若い世代ではそんなのが流行ってるわけ?
「じゃあライブの時間まで、デートしてもらおうかなっ」
あなたの腕に手を回して歩き出す
今日一日、あなたのおかげで
たくさんのジェネレーションギャップに
驚かされていくことになった
*
「広い公園を散歩しようか」
すっきりと晴れた雲のない秋の空
紅葉がかすかに残る美しい庭園
紅の尺玉が打ち上がるように
ところどころでサザンカが咲きそろう
休日だから、観光客も多くいた
行き交う人々の視線が少し気になる
傍から見て、わたしたちって
どう目に映っているのかしら
はじめての経験に
考えれば考えるほど
今の状況が何なのかと
戸惑ってしまう
「ね、アイス食べたい」
わたしは目に入ったソフトクリームを指さした
「何、あの映えそうなアイス! 俺も食べる」
「ばえ、ね 」
時折、会話に変な違和感を感じながらも
金箔金粉でデコレーションされたソフトクリームを購入する
「待って、まだ食べないで!」
こっち来てと、人が少ない方向を向いて
あなたはソフトクリームを掲げはじめた
同じように、わたしもソフトクリームを掲げる
器用に右手でスマホを斜めに傾けながら
写真を撮るあなた
「こう、加工してさ」
あっという間に、インスタでいいねが付きそうな
オシャレな ”ばえ” る画像が出来上がる
「へぇ、面白いわね」
もう、あなたの行動すべてが
興味深い
ふたりの影が美しく並ぶと
すかさずその「影」を撮影する
自分たちじゃなくて、影を写すのね
水辺が見えてくると立ち止まり
今度は数秒の短い動画を撮影する
「素敵でしょ? 」
早速アップされたインスタを見せてもらう
プロが撮ったもののように
色鮮やかに、滑らかに
映画のワンシーンのような作品が出来上がっている
「すごいわね」
なるほど、こういう風に
あなたたち(若者)の繊細な心は
上手に表現されていくのね
なんだかとても心地の良い
世代ギャップを感じる
ライブに備えて早めの夕ご飯を済まそうと
とんかつ屋さんに入れば
ソファーとイスの4人席にも関わらず
「こっちこっち」
ソファー席に手招きするあなた
「え、わたし一緒にソファーに座るの? 」
対面で座るのが常識だと思っていたけれど
今度はわたしの頭が追いついていかない
「こっちの方が距離が近くていいでしょ」
注文したとんかつが並べられ
一通り撮影し終わると
肩を並べて食べ始める
「確かに、隣だとシェアはしやすいわね」
食べきれないだろう数切れのとんかつを
あなたのお皿に取り分けてあげた
世代を超えた交流が
こんなにも楽しいものだと思わなかった
変に色眼鏡であなたを見ていた
わたしの考え方が
古かったのかもしれない
そう思えれば
あなたとの時間も
気兼ねなく心から楽しめる
ライブ会場へ向かう電車の中
「ねぇ、レンタル彼氏さんに最後のお願い」
「ん? 何」
優しく笑うあなた
「もしライブで ”ナツヨノマジック” が演奏されたら、」
電車の窓ガラスに映るあなたの目を見つめる
「その時だけ、手を握ってほしい」
あなたは微笑むだけで
返事はしなかった
>>> 第1話はこちらから
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