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いつかのわたしからわたしへ

お久しぶりのnoteさんっ💌
最後に言葉を綴ってから2ヶ月が経っていた。

振り返るとわたしにとって
とても濃厚な日々だったように感じる。


そんな日々のなかで携帯のメモに綴っていた想いを
ここに愛おしき日々の記録としてのこそう。


またいつかのわたしがその時がきたら受けとる
わたしがわたしに贈る、言葉たち。


〰︎ 〰︎ 〰︎



7月のある日。


"あの人みたいになりたい自分"とのであいがあった。


自分自身とお話しながら
そおゆう自分がいるということ自体が
ナンセンス!としているわたしもいて


だって、わたしはわたしだよ?と
先日わたしはわたしを生きると決めたじゃないか!と
決めたことすぐ曲げるやん、やめるやんと
わたしのなかで分断がおきていて、


そおだよね。曲げることとか嫌って感じるよね。
けどあの人みたいにと憧れもあるよね。
わたしもなれるんじゃないかって。


そお感じるわたしを
ありのまま受け入れていった先に


なぜその人の何に惹かれていたかを聞いてみた。


わたしとわたしが言葉を贈りあい、
どう感じ、何を想っているかを伝えあっていくと


その想いの奥に
わたしの本当の想いがあってね、
それは外側をみて周りを探してもなくて
やっぱりわたしの中にしかないんだなぁって。


(わたしの中にしかないけど、
それらに繋がるきっかやヒントは
出来事や目の前の人からあるよね🪞🫧)


その想いまでに
たくさん話していくこの時間も尊くて
涙が溢れる時間も、
正直感じるのがしんどいなぁってときも
自分でもハッとしたり
なるほどぉってなったり
まだまだ知らないわたしがいる。


けどそのわたしはわたしの中にいるの。
不思議だよね。
共に生きているんだよね。


生きていたら色々あるよね。
だからこそそのリアルから感じる温度感を
この生命をもって
感じ味わい舞うように生きていきたいな。


"いのちのダンス"


わたしの不完全さに愛おしいと感じる
だからこそ、
わたしはわたしを
大切に愛で触れていきたいんだなぁって。



"素直に表現すること"

"いのちのダンス"



表現するというところには
ただ感じるままに表情やしぐさ
言葉だったり、


そのリアルな温度感から感じたものを
ありのままのわたしで
踊るように🩰🫧🤍🫧


わたしだからこそ感じれて
表現できる
それらを大切に
今日もまたわたしはいのちのダンスをする💃✨

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