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潜入! リアル・キッザニア新橋

二〇二〇年九月、オリンピックの昂奮冷めやらぬ東京に〈キッザニア新橋〉がオープンした。年々早まる就職活動を受けて、より幼ない頃から本格的な労働体験をさせたいという保護者らのニーズに応えている。

この日、筆者は六歳になる息子を連れて〈キッザニア新橋〉を訪れていた。建て替えのあったニュー新橋ビルの地下二階に、それはある。

階段を降りると早速、駅の改札口を模したエントランスが待ち構えていた。予約番号を伝え、持参した源泉徴収票を提出する。子どもの受けとる貨幣・〈キッゾ〉の額は、保護者の年収に応じて変わってくるのだ。二十キッゾを受けとり、入場する。

人気のパビリオンはすぐに枠が埋まってしまう。息子は広告代理店の体験をしたがったが、すでに予約がいっぱいだった。

隣りの介護福祉士のパビリオンは予約が要らないというので、そちらに連れこむ。定員が二十名のところ、参加者は息子を含めてたったのふたり。寝台のマネキンを起こしたり歩かせたりするのだが、子どもの数に対してあまりにもマネキンの数が多い。

それでもはじめての労働を終えた息子は満足そうだった。給料は三キッゾと〈キッザニア新橋〉内ではもっとも低い。さらにそこから税金を引かれて、息子の手もとには二キッゾしか残らなかった。

続いて予約を済ませておいたお菓子メーカーのパビリオンに向かう。こちらは豊洲の〈キッザニア東京〉にもパビリオンを展開しており、実際にお菓子作りが体験できるというのでたいへんな人気を博している。

息子たちはスタッフからパッケージに包まれたお菓子を受けとった。場内のスーパーマーケットやコンビニを巡り、店内に置いてもらえるよう交渉するのだという。要するに営業だ。お菓子作りはできないらしい。

体験を終えて戻ってきた息子の目には泣きはらしたあとがあった。どの店舗にもお菓子を置いてもらえず、ノルマが未達だというので三キッゾしか受けとれなかったという。またしても手取りは二キッゾだ。

昼どきなので休憩をとることにした。もう帰りたい、と息子が言った。その心情は重々に理解できたが、筆者としても高い入場料を払っているのだからここで帰るわけにはいかないという思いがある。

午後には電機メーカーのパビリオンを予約していた。お仕事やりたくない、と泣きわめく息子をなだめてどうにか向かわせる。

それから奇妙なことが起こった。説明を受けている途中に別のパビリオンの子どもたちがやって来て、息子に指示を出しはじめたのだ。どうやらこちらは部品の製造を請け負う完全子会社で、親会社の子どもたちが命ずる通りに動かなければいけないらしい。

いよいよ息子は機嫌を損ねてしまった。仕方がないので精神科パビリオンに連れてゆくと、そこには同じように働けなくなった子どもたちが長蛇の列を成しており、少なくとも三時間は待つだろうとのことだった。

筆者と息子はすっかり路頭に迷い、道ばたのベンチに腰かけた。だが子どもというのはのんきなもので、気づけばぐっすりと眠っている。

息子が目をさましたときには〈キッザニア新橋〉の閉園時間が迫り、精神科も受付を終えていた。ほとんどのパビリオンが消灯し、場内はさながら夜を迎えたようだった。唯一明かりを放っているパビリオンがあるのでスタッフに訊ねると、広告代理店だけは閉園時間を過ぎても体験できるという。

退場の列はやけに進みが遅かった。納めた税金の額に応じて年金がもらえるようで、その手続きに時間がかかっているらしい。これでまた来てもらおうという戦略だろう。

ようやく息子の番がまわってくると、スタッフが申し訳なさそうに、年金の給付は前のお子さまで終わってしまいましたと言った。財源に限りがあり、すべての子どもが受給できるわけではないのだという。

退場後、どうしてお仕事しなきゃいけないの、と息子に訊ねられた。生きていくためには必要なんだと答えると、じゃあはじめから生まれてこなければよかった、と泣きそうな顔になる。筆者はなにも言えず、ただそのちいさな身体を抱きしめた。

子育て中の皆さまはぜひ一度、来場してみてはいかがだろうか。

一銭でも泣いて喜びます。