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就活のやり方で恋愛をやってみた。

実は就活って、恋愛と似てるんです――。

就活生時代に腐るほど聞いた言葉だ。腐るほど聞いたので「実は」もクソもない。就活と恋愛。好みの相手にいかに自分の想いを伝えるか、という点で近いものがあるのだという。

まあ、いいたいことはわかる。いいたいことはわかるが、これは至って中身のない薄っぺらいアドバイスだ。いまどき話したこともない異性にいきなりラブレターを送るような人間などなかなかいない。

結局そういったアドバイスは「恋愛のやり方を参考にして就活に臨むべし」という結論に落ち着く。それじゃあそんなに似ているというのなら、就活のやり方で恋愛をやったらどうなるのか?

そんなことを考えたって内定に近づくわけではない(むしろ遠ざかる)が、架空の日記を引用しながら検討していきたいと思う。

2月28日
もうそろそろ恋愛が解禁されるということで、〈コイナビ〉というアプリをダウンロードした。

3月1日
恋愛が解禁された。アプリではカウントダウンまで行なわれていたものの、解禁されたところでなにをすればいいのかわからないし、サーバーが混んでいるとかで全然つながらないので寝ることにした。恋愛をするのははじめてなので、わからないことだらけだ。

3月2日
〈コイナビ〉でかわいい女の子に片っ端から「いいね」を送った。先輩からのアドバイスを参考に、ぎりぎり付き合ってもいいかなと思える女の子にも何人か「いいね」を送っておいた。ほとんどが会ったこともないひとだ。

3月6日
女の子たちから返信が来ていた。
「くまがいくん、わたしに興味をもってくれてありがとう! 今後は専用のページから連絡するね~。あ、このメールには返信できないからね(笑)」
「〈氏名〉くん、いいねしてくれてありがとう! 今後の連絡は専用ページから行なうね。このメールには返信しないでね~!」

3月12日
ようやく10人分の手紙を書き終えた。会ったこともない女の子を好きな理由や、実際にめぐりたいデートコースなんかを書かなきゃならない。かわいいから、と書くわけにもいかないし、ましてやイヤらしいことがしたいから、なんて書けるわけがない。
その娘のページを見ると、犬が好きだと書いてある。犬なんて飼ったこともないが、とりあえず自分も犬好きだからあなたに興味をもったのだと書いておいた。

3月25日
女の子たちのもとには想いを綴った手紙のほかに顔写真と学歴も送られる。今日はひとりの娘から「ごめん、くまがいくんには会えないや……」と連絡があった。顔を合わすことすらかなわぬ恋。まるで平安時代である。

4月2日
今日も女の子から「くまがいくんが誰かと幸せになることを祈ってるよ」と連絡がくる。なにがだめなのか教えてほしい。

4月15日
ようやくAさんからデートのお誘いがきた。都合のよい日時をたずねると、1週間後の15時~15時半しか空いていないという。バイトはキャンセルすることにした。

4月18日
かなり気になっている娘についての掲示板を見ていたら、一部の男にはもう何日も前にデートの連絡がきていたことを知った。告白を無視されることがあるとは思わなかった。

4月22日
Aさんとはじめてのデート。丸の内のカフェで待ち合わせていたが、約束の時間になっても彼女は姿をあらわさない。10分が経ったころ、黒いスーツの男を見送ったあとで、ようやくAさんがこちらにやってきた。「前のひとが長引いちゃって、ごめんね」と笑っていた。
飲み物をふたりぶん注文しようとすると、もうさんざん飲んだから要らないという。席に着くと、いきなり「わたしのどこが好きなの?」と訊かれた。事前に内容は考えてあったのですらすらと答えられた。それから好きな映画や休日の過ごし方について話した。

4月23日
16時ごろ、Aさんから「くまがいくんとはもう会えないことになったんだ、ごめん」と連絡があった。ひさしぶりに泣いた気がする。

4月29日
Bさんとのデートのため汐留に向かう。指定されたカフェにはスーツの男が5人あつまっていた。よそよそしい感じで当り障りのない話をしていると、みな早慶の学生だということがわかった。こんな偶然もあるもんだ。
約束の時間になってBさんが到着すると、彼女を6人の男が囲うかたちで席に着いた。30分ほどお喋りをして、デートは終わった。

5月2日
Bさんと二度目のデートにこぎつけた。今回も男は3人いる。
「わたしのどこが好きなのかと、もしわたしと付き合うことになったら何をしてくれるのかを教えて」
ひとり目の学生は彼女の美しい容姿が好きで、付き合ったらぜったいに幸せにしてみせるといった。たぶんこいつはダメだ。
ふたり目の学生は、自身のボランティア活動によって社会貢献してきた経験からBさんの利他的な姿勢に惚れたのだといった。付き合った暁には、彼女のそういった思いやりにしっかりと見返りが生まれるようなシステムの構築に取り組みたいらしい。なにをいっているのか、よくわからない。

5月3日
Bさんからもう会えないと連絡がくる。これでかわいい女の子との可能性は完全になくなった。

5月12日
Cさんとのデートのため、朝10時に赤坂で待ち合わせる。正直顔もまったくタイプじゃないが、もう付き合えれば誰でもいい。
それが20分程度で終わると、Dさんとのデートのために大手町に向かった。ほかにどんな女を狙っているのかとしつこく訊かれたので、いちおう何人か手紙は出したがDさんがいちばん好きだといっておいた。

5月18日
大学の友だちにだんだんカノジョができはじめた。3人の女の子からOKをもらったというやつもいる。焦る焦る。

5月23日
Cさんとの3度目のデート。掲示板には「部屋が汚ないらしい」だの「毎回奢らされるらしい」だのと書きこまれていたが、もうどんな女の子でもいいからとりあえずOKをもらいたい。
15分ほどのお散歩デートを終え、川沿いのベンチに並んで腰をおろす。少し照れたようにCさんが口を開いた。
「こんなわたしでよければお願いします」
いちおうほかの女の子も考えているので少し待ってほしいといった。

6月1日
今日が正式なデート解禁日であるが、守っている女の子はほとんどいない。

6月10日
DさんとEさんに「くまがいくんが誰かと幸せになること」を祈られたのでCさんに申し出を承諾する旨を伝えた。来年の4月から、Cさんとの正式なお付き合いがはじまる。


と、まあこういうわけで彼の恋愛はめでたく成就した。これを成就と呼んでいいのかもわからないが、とにかくカノジョはできた。

たしかに就活と恋愛は「好みの相手に想いを伝える」という点では似たものがある。逆にいえば、そこしか似ていない。自分の想いを伝えるだけにしては、あまりにも異様な形式をとるのが就活なのだ。

一銭でも泣いて喜びます。