愛知トリエンナーレと「表現の不自由展」に行ってきた

 愛知トリエンナーレ内の展示企画「表現の不自由展」に行ってきた。
 当初この企画のことを知ったとき、「これは大変なバッシングに晒されるだろうな」と思ったものだが、事実その通りになった。「早晩中止になるかも知れないから見に行くなら今だ」と思い定め、無理矢理予定を半日空けて名古屋まで出向いたが、その夜、脅迫に晒されてこの展示の中止が決まったことを知って予感は的中した。
 なんというか、膝から崩れるような落胆を感じはしたが、驚きはなかったし、奇妙なことに憤る感情もなかった。それは、この炎天下に何日も放置していた鍋を空けてみたら予想通りにドロドロに腐りきっていてもはや手の付けようもなかったのと同じようなもので、予想通りと言うよりは予定通り、この日本社会がもう取り返しが付かないぐらいにダメになってしまっていることを知らされたというよりも再確認させられただけのことだからなのだろう。
 ともあれ、落胆を通り過ぎてみれば、胸の奥にずっしりと残ってこれは多分このあと取り除かれることはないんじゃないかという感情だけが残った。自分の祖国が想像以上に腐り果てていたことを実感するのは辛いことだが、それなのに日々は巡り人生は続くのだ。せめて自分の見聞を書いておく。敢えて出向いただけの価値は充分にある、充実した展示だったことがせめてもの救いである。


 俺が訪れたのは2019年8月3日の午前中である。基本的にここで見聞したこと以上のことは書かないし、書けない。エレベーターの中で乗り合わせた老婦人、チケット待ちの列で見た若い夫婦がすでに「表現の不自由展」のことを話題にしており、早くも注目されていることを伺わせた。チケット購入も長蛇の列であった。
 そもそもこの「表現の不自由展」、愛知トリエンナーレという大規模な現代美術展の中の一展示に過ぎないということ、何百点にも上る美術作品の中のごく一角を占めるに過ぎないと言うことはまず強調しておきたい。あたりまえのことなのだけれど、騒ぎが大きくなれば、このていどの基礎情報すらふまえずに騒ぎ立てる手合いはいるものだ。ともあれそういう背景である以上、順当に順路に沿って作品を見た。
 さて、現代美術、今ここにできあがったばかりの表現であればこそ当然それは玉石混淆である。招待作品である以上は一定水準をクリアしているとはいえ、相当面白いものもあればはっきりと退屈なものもある。ただ、総じてこれらの表現を俯瞰して言えることは、「表現の不自由展」を批判する文脈で持ち出された「政治的な表現は質が低い」のような物言いがいかにばかげていて幼稚であるかということであり、こんなものは言った途端に言った人間の値打ちがダダ下がりする愚劣な発言だということである。我らがいま生きるこの社会に向けて放つ表現が政治的でないはずなどないのだ。多少の良識と矜持さえあれば、表現とは相互作用なのだし、社会とは関係性なのだし、政治とは権力勾配の調整であるということぐらいには思い至るだろうから、政治性の脱臭すら政治的なのだということすらわからないようなあんぽんたんは別として表現とはそれ自体が社会への参画であり政治性と無縁ではいられないことがわかるはずだ。
 たとえば出展作品のひとつ、ペルーのClaudia Martínez Garayの作品は、土俗的なモチーフを用いたインスタレーションの体裁を取りながらペルーという国の来歴へも視点を誘導することが可能な作品ともなっていて、ばらばらにされた肉体や事物にコロニアリズムとか文化的簒奪への批判などを読むことも可能であり、いささか古くさくはあるが率直な表現であると思われた。花火だ金魚だ纏だと伝統美術のモチーフは大好きなのに一向にそういった批判的な視点を交えようとせず、陳腐なモチーフの使い回しに終始している表現に比べてよほどこちらのほうが挑発的な面白さに満ちていて感心させられた。
 もっとも今回のトリエンナーレを見る限り、件の表現の不自由点を除けば、その政治性という点において日本からの作品は残念ながらおおむね退屈だった。なぜ退屈かと言えば、切り込みが浅いか、あるいは熱心さに欠けているからではないかと思う。対象に向き合ったときにまず思いつく紋切り型をあまり疑っていないかのような、悪い意味での率直さが強く、つまり屁理屈と底意地の悪さに欠けているのである。だいたい日本の作家が社会的な作品を作るとどうにも判じ物みたいなわかりやすさに陥ってしまっていると感じられることが多くて、そういう率直さはむしろ美術の領分ではなくて社会活動家のものなのではないかとも思われた。具体的な作品名を挙げるのは控えるけれど、身近なところにある異化効果みたいなものを面白がるのはもうずいぶん古い趣向なんじゃないか。意外なところでは編集者(この肩書きでいいのかな)の伊藤ガビンが映像作品を出していたりもしたのだけれど、これも面白くはあれ、90年代的なサブカル趣味から今ひとつ踏み出せていない感があった。やはりこういう一種の露悪は2019年ともなった今ではあまり面白がれない。
 その意味で、今回の会場の中で「表現の不自由展」を除きもっとも刺激的だと感じられたのは、アメリカのDewey Hagborgの作品であった。彼女はDNAの断片を公共の場に残された生体試料……タバコの吸い殻とか髪の毛とか……から抽出し、それを元に持ち主の顔貌を「再現」してみせる。遺伝医学的な正確性はさておき、そのハンパにリアルに構築された人物像(いわゆる『不気味の谷』の典型なのだ)とそのリソースであるタバコの吸い殻が並べられた展示は非常にスリリングで、生体情報がたやすく扱われるようになっている現代の状況を皮肉に照射していて見事だった。こういう、ことさらに過激なことをしてはないはずなのに我々の内的な倫理観を意地悪くひっかいてくる表現というのは、あまり日本人が得意としていないような気がする。
 台湾の袁廣鳴の映像作品も面白かった。ドローンで美しく空撮された台北の町並みにはひとりの人間も写ってはおらず、その背後に低く薄気味の悪い振動音がずっと重なっている。こういった「息づいた廃墟」とでも言うべき終末観は、着想としては既視感があるけれど、作品としての仕上がりが見事だった。
 もう一つ、キューバ出身のTania Brugueraの作品を挙げておきたい。真っ白な部屋に10150077の数字、同じ数字が入場時にスタンプで手に押される。これは今年国外脱出を果たした難民と果たせずに亡くなった難民の数の合計なのだそうだが、なんと室内にはメントールが充満していて嫌でも涙が出てくるのである。「この部屋は、地球規模の問題に関する数字を見せられても感情を揺さぶられない人々を、無理やり泣かせるために設計されました」というキャプションがなんとも人を食っている。泣くと言うよりは笑い出しそうになって、ようやく事態の深刻さに思いが至る。力技ではあるが、こういう表現だってアリなのだ。こういう底意地の悪さというのは、生きていくために必要な成分であると俺は思う。こういったものでもなければ、ついうっかり人生とは素晴らしいもので、光りと輝きに満ちていて、この先なんら気苦労もないままに棺に入って土をかぶせられるのだと思い込んでしまうではないか。


 さて、そういう多種多様な表現を経てたどり着いたのが「表現の不自由展」だった。この展示室に限っては長蛇の列ができていて、表現の不自由を見ることが不自由であるというメタ的な状況になっており、15分ほど待ってようやく入場できた。入るとまず廊下のような通路があって、ここに件の天皇関係の作品がまとめられているたが、これについては詳述する。実際混み合っていたので先に進まなければならなかったのだ。
 室内はあまり広くなく、展示作品も20点ていど。作品のできばえもかなりばらつきがある。にもかかわらず、これらはすべて政治的な文脈を負ってしまっており、もはや孤立した表現として鑑賞することが不可能となってしまった作品なのだ。これらの作品が「不自由」となってしまった経緯をまとめた年表があって、その量に圧倒された。21世紀以降の日本国内の事例のみを集めているのに、ざっと100件はくだらないのではないか。実のところこの年譜こそがこの室内でもっとも圧倒された「表現」だったかもしれない。われわれは、われわれの社会がこれほど「不自由」であることに気付くこともなかったはずだ。ごく少数の関係者を除いては。つまりこの「表現の不自由展」、すでに我らの社会に満ち満ちている「不自由」のごくわずかな一部分をすくい取って持ってきたに過ぎない。その点、この展示がなにか特別な異常な奇異な偏屈な不愉快な非倫理的な不服従的な反日的な侮蔑的な、つまり少数の異常者による異常な表現だと思いたがるような連中には気の毒なことだが、われらの社会のありふれた一側面なのだと言うことを強調しておきたい。


 さて、展示作品である。先に「作品のできばえにばらつきがある」と書いたが、その際たるものは作者名非公表「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」という俳句であろう。率直に言ってまったく出来のよくない、まあ作者の真摯さだけは伝わってくるに過ぎない、文字通り月並みと言っていいこの俳句は、しかし「さいたま市大宮区の月報に掲載を拒否」されたことによって突然作品としての強度を帯びた。2014年7月の日本国は、こんなしょうもない(小声)作品をすらファナティックに拒絶してしまうものに成り下がってしまっていたことを逆照射した点で、蟷螂の斧が突如大鎌となって社会と切り結んだ好例なのではないかと思う。
 似ているようで似ていなかったのが、大橋藍「アルバイト先の香港式中華料理屋の社長から『オレ、中国のもの食わないから。』と言われて頂いた、厨房で働く香港出身のKさんからのお土産のお菓子」である。このすばらしいタイトルによってすべてが説明されているとおり、ありふれた香港土産のカスタードケーキが展示されているだけなのである。しかしこの「作品」は、このたったひとこと、この世界に一瞬起こった小さなちいさなつむじ風を見逃さなかった作者の鋭敏な観察眼によって永遠性を獲得した。それがこの世界に満ち満ちている汚辱を鋭く描き出していることは言うまでもない。
 他に展示されていた作品をいくつか列挙する。安世鴻「重慶-中国に残された朝鮮人日本軍『慰安婦』の女性たち」(内容はタイトルの通り。このような存在の女性達がいたことを知らなかった不明を恥じる。作品はニコンサロンでの展示を拒絶されたものであるが、写真作品としての質は非常に高いと感じられた)、永幡幸司「福島サウンドスケープ」(311以降の福島各地の音を収集。福島大学学長と除染作業への批判部分が問題視され、2013年の千葉県博物館の展示で検閲・修正)、白川昌生「群馬県朝鮮人強制連行追悼碑」(群馬県により県立公園から撤去を強いられた作品をモチーフとした立体作品。これが2017年に鳥取県美術館でまたも公開拒否)、岡本光博「落米のおそれあり」(空から米軍がちょくちょく落っこちてくる沖縄県うるま市の美術展で2017年に作成されるも公開拒否。ユーモラスで完成度の高い風刺画なのだが沖縄ですらこれである)、中垣克久「時代の肖像-絶滅危惧種 idiot JAPONICA 円墳」(2014年、都美術館から展示拒否。表現としてはちょっと直截すぎて首を傾げた)、Chim↑Pom「気合い100連発・耐え難き気合い100連発」(311被災直後の映像にかぶせて、空虚な気合いを入れ続ける若者の映像作品。作品そのものには感心しなかったが、海外の美術展に出展する際に国際交流基金からNGが出たという経緯が記してあってウンザリした。安倍政権になってから海外事業へのチェックが厳しくなっているんだそうで、こういう不都合ジャパンな表現ははねられたのだろう)など。まさしく玉石混淆なのだが、やはりどれを見ても感じるのは「これが問題視されたのか!?」という驚きである。こんなものすら拒絶してしまう社会というのはどう考えたって異常じゃないか、ということを再認識させてくれる点で、やはりこれは優れた企画である。


 では、例の少女像はどうなのか? 書くことを先延ばしにしてきた感もあるのだが、率直に言ってこれは非常に穏当な表現だった。ことさらに過激でもなく、なにかを振り立てるでもなく、ただ素朴な面貌の少女がひとり座っているだけである。肩に一羽、小鳥が止まっている。プロテストやアジテーションであればもっと他の表現をすることだってできただろうけれど、作者はそのやり方を取らなかった。かたわらには、「1992年#(*)月6日、日本軍『慰安婦』問題解決のための水曜デモが、ここ日本大使館前で始まった。2011年12月14日、1000回を迎えるにあたり、その崇高な精神と歴史を受け継ぐため、ここに平和の碑を建立する。」の銘板が置いてある。この像の政治的な文脈は、当初これだけだった。それが今や本邦の政治家どもや扇動屋どもが騒ぎ立て、世界中の像に文句を付けては拒絶されるという愚行を繰り返し、ついには美術展ひとつを中止にするほどのものになってしまった。怪物がどこにいるのかはだいたい察せられるだろうが、ここでは言及しない。このちっぽけな像ひとつに怒り狂い続けている人々になにか言葉を投げて届く感じもしないし、そうする必要性も感じない。自分のアタマで考えることを放棄した人間たちになにかを言っても、無駄である。
 なお、俺が件の年譜を読みふけっているときに背後でなにか騒ぎが起こり、見れば、紙袋を手にした男に誰かが厳しい非難の言葉を投げつけていた。一瞬、少女像に文句を付ける手合いが騒いでいるのかと思ったがその逆で、少女像に紙袋をかぶせて写真を撮ろうとした男を非難していたらしい。「自分がなにをやっているのかよく考えろ!」というようなことを言っていたような(うろ覚え)。結局、その紙袋(稚拙なアッカンベエの絵が描いてあった)を、男自身がかぶって写真を撮ると言うことになった。それもまた非難されてはいたが、この「表現の不自由展」のスタッフが「これもまた表現ですから」というようなことを言ってむしろ擁護に回っていたことには深く感心したので、ここに証言しておく。実のところ、俺自身の意見としては、むしろこの紙袋ぐらいのうっちゃり(批判と言うにも値しないだろう。雑なツッコミぐらいのもんだ)は本来ならば許容されるべきで、それすら許されなくなってしまったのはこの表現の政治性を爆上げしてしまった人々の責任だろう。この稚拙なアッカンベエを紙袋に書いて自宅から携えてきた、その心象はずいぶんとねじくれたもんだなとも思いはしたが。気の弱そうなメガネの青年だった。
 なお、一応おれも並んで少女像と写真を撮っては来た。記念撮影ぐらいの気分だったが、今見ればわりと表情はこわばっていて、まあやはりいろいろ思うところあったんだろうなと思う。

(*) 撮影したが光ってしまって読み取れず


 さて、前述したごとく、この展示室は入り口が細い通路のようになっていて、そこにもう一つの物議を醸した作品があった。これは経緯をきちんと書いておかないとならないのだが、「大浦信行による昭和天皇をモチーフの一部に用いたコラージュ作品がいったん富山美術館において展示されたものの抗議があったために図録は非公開となった後に焼却処分となったことを受けて、昭和天皇の写真も掲載されている図録を同様に焼却し、その過程を撮影した映像作品」である。どんなふうに騒ぎ立てようが、事実関係としてはこれである。つまるところ、焼却された470冊もの図録が被った運命を忠実に再現してみせたに過ぎない。それはオッケーでこれはダメと言うのであれば、それはなんなのだろう? 正月の新聞にはまずは皇室の写真が掲載されるものだが、さればそれがジャンジャン燃やされるであろう小正月のどんど焼きや1月末日の廃品回収はダメだというのか? ある作品を不敬だ不愉快だと槍玉に挙げることで焼かせることはアリなのに、それを作者自身が再現してみせるのはナシだというのか? その点でこの映像作品は、批判に対する見事な応答であるとも言える。ちなみにこの映像作品は単にそれだけに留まるものではなく、さらに強烈な仕掛けを施したものでもあったが、それはここでは書かない。個人的には見事だとは思ったが、本稿ではあまり各論に立ち入ることなく、表現にまつわる問題に焦点を絞りたいからである。
 なお、この焼却処分を受けて作成された嶋田美子「焼かれるべき絵」という凄まじい気骨に満ちた作品も併せて展示されていた。昭和天皇の銅版画を作成した後にそれを焼却し、その灰を作品としたものだ。この灰は富山美術館に収蔵するよう求めて送付されたが、不要の一言で返送されたとのこと。
 もう一つ、上記の文脈とは離れた作品も展示されていたが、私見では当ビエンナーレで最も強烈な批評性と表現の強度を備えた最高の作品だったと思うので、是非紹介したい。小泉明郎「空気#1」と題された絵画作品である。描かれているものは椅子と机の置かれた無人の室内である。これだけだ。なのにこの作品は東京都現代美術館より展示を拒否されているのである。まことに奇妙なことだが、ひとつだけ思い当たる理由があるとすれば、この部屋には強烈な既視感を覚える点で、おそらく皇室の面々が写真に収まる時に決まって使われる「あの」部屋であるということなのだが……。実際美術館側の見解としては「多くの人が抱く宗教的な畏敬の念を侮辱する可能性」だったそうで、キャプションを見たとき俺は誇張抜きで吹き出した。無人の部屋やぞ? ローマ法王の立つバルコニーを描いたらダメだというのかね? それすら「アカン」とされてしまう社会って本格的に異常やなーと思いましたね。欠字だの平出だのやってた時代のセンスと寸分違わんよ。その中心は空虚であると看破したロランバルトも腰を抜かす、空虚を指摘しただけで不敬扱いな社会ですよ。確かに不自由だし、もはや不自由どころの騒ぎではない。個人的には異常とか狂気とか言い換えてしまって差し支えないとも思うが。


 愛知トリエンナーレ、個人的な見聞の記録は以上である。なお、偶然だが、この日はトリエンナーレ会場の周辺で世界コスプレサミットも開催されていた。栄駅まで歩く途上で流し見ただけなので感想を述べる立場にすらないのだが、今の日本社会で公的にオーソライズされて社会的に受容もされてなに不自由なく展示できるのはこういう表現なのだ、まことに羨ましいことだとはちょっと思った。なにしろこの夜に「表現の不自由展」の中止が決まったとき、こともあろうに「展示側が謝罪すべき」という信じがたい意見を口にした河村たかし名古屋市長もコスプレして参加するぐらいですからね。まかり間違っても人々を不愉快にさせた咎によってつるし上げられるようなことはないのだろう。


 それにしても、書き始めた時には本当に暗澹たる気分であった本件だが、不思議なことにこうやって文章にまとめてみると気が晴れたというか、もっと積極的に心象が浄化されたような気分にすらなってちょっと驚いている。それは、この美術展に並ぶ(表現の不自由展に限らない)素晴らしい表現の数々を反芻したからであって、これほどの表現が生まれ出るのであればまだまだ日本も捨てたもんじゃないと思えたからなのだろう。
 もう少し言えば、本件について俺は議論する気分をほとんど喪失していて、それはなぜかと言えば、これほどの表現はつまり信じるに値するからであってそういうものをわからん連中がグダグダ言ったところで何ら痛痒を感じないし傾聴する必要もないと考えているからだ。人類に芸術はわかるが猿にはわからない。じゃあ芸術だからいいのかと言われればそんなことはもちろん無くて、提出された表現に対して対峙したときに生まれる心理的な相互作用こそが重要なのであって、つまりこれは心に波がきちんと立つと言うこととだいたい等価だと思っているのだが、そういうものがあればこそ表現は芸術として確かに屹立もするし不滅性も帯びるし棒でぶったたこうが蹴飛ばそうが微動だにしないふてぶてしい堅牢さをまとうのではないか、そんなことを考えている。つまり、屑どもが騒ぎ立ててガソリンをブン撒くぞと脅しつけて表現の不自由展が閉鎖されたところで、ここに並んでいた作品の生命にはかすり傷ひとつつけることはできないということを再確認したのだ。
 そしてまた、馬鹿どもが挙げる鬨はそのまま汚辱の記録となって、2019年8月の日本国がよってたかって表現をいっこ潰すような社会であったと言うことを永遠に人類史に刻むことになっただけのことだと思っている。一度起こってしまったことはどうやったって覆せない。大切なことなので繰り返すが、いちど起こってしまったことは、どうやったって、泣いて喚いて起こって騒いで脅しつけてありとあらゆる記憶にバッテンを付けようとしたところで、覆せないのだ。あの少女像が淡々とリマインドし続ける恥辱の歴史とさも似ていて、2019年8月名古屋で起こった恥の記憶もまたわれらの歴史の上にどうやったって消すことのできない汚点を黒々と残したことになるのだろう。
 その一端を目撃することができて俺は幸運だったと思っている。

(文中敬称略)

2019/8/7

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瀬川深 segawashin

小説家/小児科医/研究者。http://segawashin.com/

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