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英語とは、自分の見識を広げてくれた最高のツール!

おはようございます。

自分がまだ大学生だった2000年当時、これからの時代は「英語とIT」とよく言われていました。今の大学生にとっては、これらは当たり前のスキルであり、特段この2つができたとしても、もはや他者と差別化できる分野ではないですよね。

とはいえ、自分の人生にとって、英語と付き合うことによって得られた素晴らしい出会いや体験は山ほどあり、諦めずに踏ん張って良かったなと改めて思います。

正直、私のスピーキング力なんて流暢とは程遠いレベルであり、全くもって英語は上手くはありません。

ただそれでも、大学途中から英語を真面目に勉強し始め、社会人になって海外営業職として長年やってきた経験だけはあるので、どこの国の人ともビジネスで仕事はできるレベル程度になってはいます。

要は、英語なんて、アメリカ人が話すようなナチュラルで綺麗な発音でしゃべる必要はなく、自分の考えや言いたいことを相手に伝えることができ、相手が意図していることが何なのかを理解できれば良いんです。

まぁ確かに、ネイティブみたいに話せた方がベターですが、別に話せなくて良いんです。だって、英語人口約18億人の内、ネイティブの割合はなんて20%程度。

約80%はノンネイティブなんであり、「むしろ我々ノンネイティブの方がマジョリティーなんです」というぐらいの気概を持って接していけば良いと思います。

英語を皆がみんな、綺麗に話せるなんて本当に幻想…。というか、そんなことを気にしているのは日本人であり、多くの人は気にしていないです。

「英語を武器として使えるようになるんだー!」と高い志を持って、自分は大学に入学したわけでは全然無かったのですが、ひょんなことをきっかけに英語と出会い、いつしか英語を武器として伸ばすようになりたいと思うようになったんですよね。

で、結果として、仕事を通じて日本人以外の人たちの話しや考えに触れる機会を持てたことは、日本のことすらちゃんと理解できていなかった若造であった自分の見識を大いに広げたくれました。

世界の人々の人生や仕事の考え方は、本当に十人十色。日本人が大学まで学校で学んできた”いわゆる「右向け右」の考え方”や、会社組織の中で同じベクトルで進ませるマインドとは、違うものがあると気づかせてくれました。

その気づきも、もし英語が話せていなかったら、実際に触れることも中々できなかったんだろうなと思います。

そんな英語との付き合いについて、学生時代の頃から振り返ってみたいと思います。


〇大学途中年まで、英語なんて全くわからず


通っていた大学は、帰国子女が多いキリスト教系の大学。ネイティブ教師による英語の授業もあり、英語力が全くなかった自分は、英語の授業はもう恐怖でしかありませんでしたw

4人1組で行う英語のグループディスカッションでは、何を言っているのか一言も分からず、運悪く帰国子女の人と一緒になった際には、もう沈黙を貫くことしかできませんでした(結果、もちろん追試となり、もう一度やる羽目に…。まさに地獄)

大学途中まではそんなレベルのままで、特に英語ができていなくても気にしていませんでした。


〇ゼミ合宿で転機が訪れる


ゼミのテーマは、東アジアの開発経済学。主に東南アジア+中国の戦後以降の経済発展について学んでいました。

3年生の夏に、他大学と討論会を行うゼミ合宿があり、相手先は、何と中国の清華大学(中国トップの大学)。その当時は、中国人エリート集団のスペックの高さ等知る由もなく、討論資料を準備することだけに忙殺され、ディベートをどうするかなんて、考える余裕もありませんでした。

向かえた討論会では、もちろん清華大の学生は全員英語は流暢に話せるレベル。一方の私はといえば、上述で記載した通り、大学のクラスで英語ディスカッションでも一言も話せないレベル。

なので、会話が成り立つわけがありません。で、結局、私が彼らと話せた機会は、討論会後の座談会、スラムダンクの話しをしたぐらいw

これをきっかけに、少なくとも”英語”で自分の意見ぐらいは言えるようにならないと、この先の将来、全く話しならないことを身に染みて感じたんですよね~。

その悔しい経験を得て、英語は話せないといけないと気づき、英語の勉強をすることを決意。当時のTOEICレベルは、たぶん400点台ぐらいだったと思います。リスニングは全く聞き取れないレベル(言葉だけが左の耳に入って右から抜けていく感じですねw 全く理解できず)

自分の場合は、大学を休学し語学留学しにいきました。帰国後に受けたTOEICは750点程だったと記憶。点数だけをみれば行く前よりは伸びたものの、英語力としては依然大したものではないレベルでした。

とはいえ、400点 ⇒ 750点にジャンプアップしただけでも、自分の中では多少なりとも自信はつき、その後の社会人生活で、間違いなく英語を勉強していく土台になりました。


〇社会人になり、修羅場をくぐることで、英語は確実に伸びた


TOEICなんて、正直どうでも良い指数であり、高い点数を取れた人がペラペラというわけでもなく、低い点数の人でも、ずば抜けて高いコミュニケーションを取れる人もいるので、あてにならないテストだと思っています。

直近の私のレベルは900点台前半が良いところ。やるからには900点後半に持っていきたいところですが、ここからはもう中々上がらないですね。所詮この程度のレベルです。

話を戻すますと、語学留学によって、英語は多少伸びたものの、ビジネスとして使えないレベル。英語も含め何事も、勉強より実践に敵うものはなく、とにかく使うことで英語は段階的に伸びていきました。

大学卒業後は、メーカーで海外営業職を担当することになり、以下のような実践を積むことによって、英語力が半ば強制的に上がりました。

  1.  海外販売会社との毎日の英語でのEメール

  2. 電話対応(アフリカとかから、突然誰だか分からない人から、問い合わせが入ってくる)

  3. 打ち合わせ対応(資料説明及びその場でホワイトボードへの議事録記載等)

  4. 海外出張、等々、

至るところで、山ほど英語を使わざるを得ない機会がありまくりな日々。

そうなると、実践での経験値が高まっていきます。始めの内は、海外からかかってくる電話は恐怖でしかありませんでしたw

”相手が何を言っているか分からない”状態にプラスして、その当時、電話はもちろん固定電話しかないので、”職場の人に聞かれている”プレッシャーがかかってきます。若手だった頃は、このプレッシャーを結構感じ結構苦労しました。

しかし、もうこれは正直、習うより慣れよで、回数をこなすしかないと思います。英語での会議の議事録板書も、聞けるところを聞き取って、要点を絞って書いていくしかありませんし、初めは上手くできなくても、必ず慣れる日が来ます。

業務の知識、例えば、自社他社情報、業界情報、製品知識、顧客情報、等が段々と自分の頭に入ってくると、販売会社やお客さんとの会話が楽になってきます。

それはそうですよね、日本語でも理解できていないことを、英語で会話することは難しいですよね。

ですので、自分の会社や製品について興味を持てるかどうかが大事で、興味が持てれば主体的に学ぶ意識が高まることにつれて、理解度も早くなり、英語でのコミュニケーションの向上にもつながっていきます。


〇英語は千差万別


今に至るまで、仕事・プライベート含めて、どの国の人と英語で話したことがあるのか、興味本位で数えてみました。結果、50カ国でした。

北中南米:
アメリカ、カナダ、メキシコ、ブラジル、アルゼンチン、チリ、

アジア・オセアニア:
フィリピン、ベトナム、タイ、カンボジア、ミャンマー、シンガポール、マレーシア、インドネシア、スリランカ、インド、モルディブ、韓国、中国、台湾、香港、オーストラリア、ニュージーランド、

ヨーロッパ:
イギリス、アイルランド、スコットランド、ドイツ、スペイン、イタリア、オランダ、スイス、フランス、ロシア、スウェーデン、ウクライナ

中近東・アフリカ:
カザフスタン、ウズベキスタン、イラン、トルコ、UAE、サウジアラビア、オマーン、エジプト、スーダン、リベリア、モロッコ、ナイジェリア、南ア、ケニア、エチオピア

上記の内、大半は仕事を通じて話した経験がある国の人ばかりです。プライベートで、アフリカの”リベリア”や”スーダン”なんて、とてもじゃないですが行けないです…。

大学までは、アメリカ英語が英語なんだと思っていました。(Waterが"ワラー”、Tomatoが"トメィトゥ”という感じですかね)

色んな国の人が、色んな表現で英語を使って会話してきます。流暢にアメリカ英語が話せなくては、何て誰も気にしていません。大事なことは、何を自分が伝えたいかで、自分としての意見をきちんと言えるかどうかです。

どんなに下手な英語でも、海外の人は気にせず話してきます。このメンタリティーについては、自分も含め日本人からすれば学ぶところが多いと思います。


〇会社で与えられた機会を活かして楽しむ


会社に入って、海外に関連した仕事につけるメリットは、上記の通り、色んな世界の人と触れ合う機会が持てることだと思います。個人ひとりの力では、こういった事をするのは、中々難しいことです。

「いやー自分はドメスティック志向なんで、日本のことだけを見てれば良いですー」との見方も大いに有りだと思います。

ただ、何事も比較をすることが大事であり、他の国のことを知った上で、改めて、日本のことを見つめなおすと、今まで見えなかった日本の良し悪しが見えてきます。

自分ではあまり気づいていなかったのですが、どうやら私は、他の国の人と話すのが結構好きな方ということに、最近気が付き始めましたw

自分の世界観では考えたことも無い経験や考えを持つ人がいたり、それぞれの人生観が聞けて、純粋に楽しいんですよね。

コロナが収まり、世界が落ち着いてきたと思ったら、円安やら、物価が高い等、海外旅行にいけない理由は様々あると思いますが、自分の見聞・見識を広げるには、世界を旅することが一番だと思います。

まだまだ世界は、知らないことがばかり。ココ・シャネルのように、自分も人生の謎解きを、ワクワクしながら、これからも行っていきたいと思います。

【ココ・シャネルの言葉】
「私のような大学も出ていない年をとった無知な女でも、まだ道端に咲いている花の名前を一日に一つぐらいは覚えることができる。一つ名前を知れば、世界の謎が一つ解けたことになる。
その分だけ人生と世界は単純になっていく。
だからこそ、人生は楽しく、生きることは素晴らしい」

ではでは今日も一日頑張っていきましょう!

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