『だけ』

【作品形式】朗読・1人読み
【男性:女性:不問】0:0:1
【登場人物】読み手
【文字数】1365字
【目安時間】約4分


今日は運動会
大玉送りや玉入れ
障害物競走等
人によって好きだったり得意だったりする種目があるだろう

徒競走の始まりが近づき
走るのが得意ではない私は
気が重くなっていた

クラスメイトからどう思われるのかも気になるが
家族が来ている中で
恥ずかしい姿を見せたくもない

家族に良いところを見ててもらいたい
特に親には見た上で褒めてもらいたい
それは子どもが抱くごく自然な感情だ

私を含めた子どもたちそれぞれが
そんな不安や期待で緊張して落ち着かない中
否応なしにプログラムは進んでいく

徒競走が次のプログラムになった
学年全体で入場ゲートに移動する
徒競走がこれから始まるアナウンスがスピーカーから流れ
子どもたちはグラウンドに走り出し待機位置に整列する

自分の走る順番をしゃがんで待っている間
緊張で心臓の鼓動が速く大きくなってきた
もうどうにかしたくて周囲を見渡すと
家族が目に飛び込んできた

意識して余計緊張してしまうと思ったが
見たら見たでほっとした
姉さんやお母さん
そしてお父さんが
穏やかな笑顔をたたえながら
私に優しいまなざしを注いでくれていたからだ

私の心に灯った
この温かな気持ちは
漠然とした不安に立ち向かうのに充分だった

私の走る番が来た
スタートラインに並び
始まりの合図を待った

パァンッ!

スターターの号砲と共に走り出す
一生懸命に手を振りながら
前に前にと少しでも早く足を出していく

脇腹に少し痛みを感じながら
ようやくゴールにたどり着いた
結果は……下から数えて2番目

『はぁ……やっぱり走るのは苦手だ。最下位にはならずに済んだけど,力いっぱい走ってもこんな結果なんだな』と
己のふがいなさに
諦めにも似た境地でがっかりする

もやついた気持ちのまま
午前の残りのプログラムを終えて
一緒にお昼を食べるため
家族のもとに向かう

私を見つけると家族は手を挙げて
呼び掛けてくれた
グラウンドから感じたのと変わらない
優しい雰囲気で家族に迎えられて
私の気持ちは少し和らいだ

私の大好きな唐揚げにゆでたまご
お野菜にはトマトとレタス
そして海苔で巻かれた塩おにぎり
家族で協力しながら用意してくれていたお弁当
そんな愛情たっぷりのお弁当を
みんなで会話しつつ楽しみながらおいしく食べた

お腹も心も満たされ食休みでひと段落すると
私の徒競走の話になった
おそらく走り終わった後の残念そうにしている私に気づいていたのだろう

姉さんは「もっと腕をこうやって振ったら早く走れると思うよ」と
具体的にアドバイスをくれた

お母さんは「本当によく頑張ったね。痛いところはない?」と
頑張りを褒めて,心から心配してくれた

最後に
お父さんは
こう言った












「君だけを見ていた。他の子のことは目に入らなかった。最後まであきらめずに一生懸命よく走り切ったね。お父さんはとても嬉しかったよ」

結果を見ているんじゃなかった
他の人と比較しているわけでもなかった
『最下位にはならずに済んだ』と自分は思ってしまっていた
私を……私がどうだったのか……私が何を思い,どのように取り組んでいたのかを見てくれていたんだ……

姉さん,お母さん,お父さん
それぞれの視点や考えで私に言葉を掛けてくれた
私のことを見て,考え,伝えてくれた想いは
私が将来,苦しみや困難に遭遇したとしても
私の心を守り続けてくれるだろう

一日が終わり
私の組は負けてしまった
でも
とても大事なものを得られた
そんな日だった


そばにいて
共に過ごした
時を経て
優しき想い
心を解す

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