それは縁日の金魚掬いで2匹救い、我が家に迎え入れて間もない頃でした。

　小さな和金が床で息絶えていたのは、元気が溢れ過ぎたのでしょうか。それとも東錦と喧嘩したのでしょうか。

　息子は大層ショックを受けて、残された東錦に「ヒーロー・インディ・ジョーンズ」と名付けました。

　インディの尻が浮いていたのは1週間ほど経った朝のことです。水面まで浮上していたわけではありませんが、水槽の端で頭を砂につけるようにして、尻がふわふわと上方に揺らいでいます。

　息子は「おしりダンスしてる！」と踊り、娘は「きれいねー」と喜びました。

　元気そうに見えましたが、変な行動をするときにはエサを控えた方がいい。金魚飼育の鉄則に倣ってこの日はエサを与えず様子を見ることにしました。

　翌朝、金魚の尻はさらに高く浮いていました。

　それどころか、ヒレもエラも動いていません。水槽の中のインディは、逆立ちポーズで絶命していたのです。

　息子は「インディ、しんじゃったの？」と悲しみ、娘は「きれいねー」と呟きました。一歳児の「きれいねー」には色々な意味が含まれていますから、表情から察するに今のは悲しみの表現です。

　
　子どもたちと一緒にインディを弔う前に、私は死因を解明すべく、金魚解剖に踏み切りました。魚類は専門外ですが、ヒトより身体の構造は単純ですから、何か分かるかもしれません。

　眼や口腔内には異常はみられず、エラの内部も綺麗な色をしています。エラ病ではないようです。鱗やヒレの色調も鮮やかで、表面に寄生虫がついているような様子もありません。すると内臓に問題があるのでしょうか。肉眼的に分からなければ、サンプルを採取して顕微鏡を使いましょう。ああ、グラム染色液くらい常備しておけば良かった。

　故インディの腹部を触りながら、ふと私は疑問に思いました。コイツ、腹膨れ過ぎじゃないか。
　腹部を解剖すると、腸管に内容物が多く詰まっていることがわかりました。腹水貯留はありませんが、ふくれた腸管が他の臓器を圧排していました。浮袋の様子も異質です。これが逆立ちの理由かもしれません。

　剖検の結果、死因を腸閉塞と推定しました。

　食べ過ぎ（エサの与え過ぎ）かもしれませんし、環境変化のストレスも影響したかもしれません。

　私は家族にインディの剖検結果と推定死因を説明し、そっと弔いました。

　それから私は金魚について集中的に勉強して、金魚の生体や病態生理にも詳しくなりました。
　私がもっと金魚に詳しかったら、インディは今も元気に生きていたかもしれない。インディの死を無駄にしてはならない。医学研究の成果は、未来に還元されるべきです。

　私たちは、また新たな金魚を迎え入れました。

　金魚掬いに挑戦した息子は暫く追いかけてからシオシオのポイを私に託し、私は気合いで2匹の金魚を救いました。挑戦したがる娘にポイを渡すと、彼女は「きれいねー」と言いながら水をパチャパチャしていました。

　2匹とも土佐錦トサキンです。

　育成難易度の高い金魚です。

　私は精神を統一して水槽に祈りを捧げ、アクアリウム人生を歩み始めました。

　拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、貴方の家の金魚が元気に育ちますように。

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