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スマイル 【短編小説】

 眠そうな目。
 二度瞬いて気合いを入れる。
 ぎゅっと瞑って見開いて、私は私を確かめる。
 大丈夫。ほら、笑顔。


 10代の頃は自分が周りからどう見られているのか気になって仕方なかった。くっきりした二重に憧れたり、ストレート過ぎる黒髪に悩んだり、痩せ過ぎと言われる度に小さく傷付いたり。体型が目立たないようにフワッとした服装を好むようになった。レースがついていると可愛い。ピンクも良いけど、やっぱり黒と白だよね。
 
 秋葉原アキバは良い街だった。
 自分の好きなことに素直で、他人ヒトに関心の薄いところが最高だった。喫茶店のバイトは天職に思えたし、みんな私の向こう側にいる理想の何かを見ていたけど、それが心地良かった。

 チェキを撮るとインセンティブが入るからってバイト仲間は喜んでいて、でも私は写真がいやだった。変な顔。動かない表情に修正を入れたかった。


 
 鏡に視線を戻す。
 いけない。早く支度を済ませないと。

 ファンデーションはいつもと同じ。眉毛も適当でいいや。あんまり濃いのは似合わないし、主役は私じゃないし。アイシャドウは…いつもはピンクだけど、今日はブルーにしようかな。そういう気分だから。ラインは控えめに、でもちゃんと印象に残るように引いておく。睫毛はしっかりしてるから、マスカラは少しで大丈夫。…顔色悪いなぁ。チークも工夫しないと。
 さぁ、顔ができた。
 仕上げにリップを赤く染めて、もう一度、私は私を確かめる。
 大丈夫。ほら、笑顔。

 私は私に、影ひとつない笑顔を向けた。
 鏡に心は映らない。だからきっと、大丈夫。



 幼馴染の結婚式に呼ばれるのは当然で、しかし片想いを続けていた私にとってはひどく苦しいことだった。それにきっと、そこには元カレも来るのだろう。何も知らない幼馴染は、ごく自然に親友を呼ぶに違いない。元カレが数年前に結婚したことはSNSで知った。女の恋は上書き保存なんていうけど、相手がいなきゃ上書きのしようもない。代わりにV系バンドを追いかけて、手に入らない現実に余計な傷を負った。

 ピアスをつけてみた。もし訊かれたら「物に罪はない」とでも言ってみようか。真珠のブレスレットは、傷痕きずあとを隠すのに役立つと思う。

 幼馴染と元カレ。
 一日で二人を祝福しなきゃいけないなんて、神様はなんて意地悪なんだろう。

 幼馴染の結婚相手はグラマーな女性で、幸せの絶頂のような彼女の笑顔は、色気のない私を嘲笑うように見えた。
 披露宴の席は、あろうことか元カレの隣だった。席次表を見た瞬間に帰ろうかと思ったけど、一生後悔する気がして踏み止まった。


 笑え。笑え。笑え。

 とびきりの笑顔を見せてやった。

「結婚、おめでとう。」


 さぁ来るぞ。
 何の悪気もない元カレの、分かっているようで鈍感この上ない男の、

 ほら、笑顔。


ー了ー

(1169字)


 今回はこちらの企画に参加させていただきました。

 素敵な企画運営に至上の感謝を申し上げます。
 願わくは、数多の作品が夏の夜を彩る花火のように咲き誇り、幸せが街を包み込みますように。


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