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争議体験談 vol. 3 塾講師

 私は、個別指導塾を経営する会社と団体交渉を行いました。
 当該会社ではほぼ全ての講師がアルバイトであり、アルバイトがいなければ事業が成り立たないにもかかわらず、適切な労働条件を確保していませんでした。団体交渉では、主に、授業準備時間に対する未払い賃金の支払い、生徒都合による授業日前日のキャンセルが発生した際の給与補償が論点になりました。

授業準備時間は労働時間じゃない?
 当該会社では事業の性質上、個々の生徒の学力差が大きく、他塾よりも各生徒に合わせた授業設計が必要とされますが、そのような必然的に生じる授業準備時間に対して、当該会社は「教室やご自宅等で自主的に行って下さった授業準備の時間や、ご自宅等での自己研鑽に対しては手当を支給させていただくことができません」と賃金を支払っていませんでした。
 私は、各生徒の性質に合わせて、一コマあたり平均約1時間の授業準備を行っていましたが、生徒のために授業内容を考える時間は一切評価してもらえませんでした。
 ただ教材を読んで生徒に問題を解かせるだけなら塾などいりません。勉強に苦手意識を持つ生徒が少しでも前向きに勉強に取り組めるように工夫して教えるのが塾講師の仕事であり、それには各生徒に合わせた授業準備が不可欠なのは明らかです。授業準備時間は労働時間です。

授業予定を組んでも仕事があるかは分からない
 同塾では、利用する生徒の特性上、生徒都合で授業が突然キャンセルになることがしばしばありました。授業日当日に授業がキャンセルになった場合、講師は軽作業を行うことが出来ました。しかしながら、授業日前日までに授業がキャンセルとなった場合、軽作業を行うことが出来ず、休業手当も支給されませんでした。
 講師は授業予定日を空けておかなければならないにも関わらず、前日に授業がキャンセルとなったら一切働くことが出来ない、休業手当も支払われないというのは不合理な拘束であるというほかありません。生徒によっては長期にわたって一度も塾に来られない場合もあることを考慮すれば、この運用では、授業予定を組んだとしても一切給料が入らないこともあり得ます。

講師の疑問には全く応えてくれない会社
 働いているうちに、私は以上の2点に関して疑問を持つようになりました。必要な授業準備はタダ働き、生徒が前日までにキャンセルしたら給料が貰えない、こんなアルバイトを続けるのは無理だと思いましたが、当時教えていた生徒とかかわり続けたいという思いはあったので校舎スタッフや本社の社員と自分でやりとりをして処遇を改善しようと試みました。
 しかしながら、本社の社員はおろか、日頃から講師が生徒に向き合う姿を見ている校舎スタッフにさえ、私の努力や不満に応えようという姿勢は見られず、やるせなさ、無力感を覚えました。

自分の居場所になった学生ユニオン
 自分の力ではどうすることもできないと思ったときに知人から学生ユニオンを紹介され、組合を通じて交渉することを決めました。当時は労働組合についてほとんど何も知らなかったのですが、多くの学生が所属していたのでとても心強かったです。団体交渉にも学生が一緒に参加してくれ、私と一緒に会社に対して疑問や怒りの声をぶつけてくれました。
 結果的に交渉は組合優位で進み、1コマ約1時間分の授業準備時間に対する未払い賃金の支払いと、生徒都合による授業キャンセル時の休業手当の支払いを勝ち取ることができました。私は交渉が終わった段階で既に同塾を退職してしまっていたため、その後、職場全体で運用改善がなされたかどうか分からないのは心残りではありますが、団体交渉をしてみて本当によかったと思いました。
 成果を勝ち取ることができたことは勿論嬉しかったのですが、一度は会社によって完全に否定された私の疑問に、ユニオンがそれはおかしいと共感してくれ、怒り、一緒に交渉してくれたことが何よりも嬉しかったです。
 自分がもった疑問を否定されたり、周りの人が共感してくれないことはとてもやるせないし、絶望するし、怒りのやり場もありません。そんな自分の居場所になったのがユニオンでした。今度は私が誰かの疑問や怒りを受け止め、共感し、共に声を上げたいという思いで学生ユニオンの活動を続けています。


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