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『月誕生日』#シロクマ文芸部

「誕生日をなんとか乗り越えた」、そんな夏の終わりがあった。
もうすぐで私の月誕生日だ。そんなもの(習わし)があるのかどうかすらわからないけれど。2023年の9月29日の前日から「ぐわあー」と勢いに任せてnoteに文章を叩きつづけていた。そんな夏が終わる。振り返ったら「殺られる」くらいの勢いで書いていた。
そのせいで、随分読みにくい文章もあったことでしょう。ですので、もうすぐ来る、この月誕生日を利用して「直し直し」「削り削り」「足し足し」しているところなのだ。
あるいは今書いているこの文章も、つぎの月誕生日では「直し、削り、足し」される対象になっているかも知れません。

今夏、私はとつぜん「書きたい」者だったことを思いだし、パソコンに文章をポチポチ打ち出したのが6月くらいだったでしょうか。それから7月に『虫垂炎』から『盲腸癌』が発覚しました。転移も疑われたステージ3の『盲腸癌』も、蓋を開けて(腹を開けて)みれば、ステージ2の転移なしでした。

私はこのとき『生まれかわった』ような気分でした。
つるつるのたまご肌を手に入れてしまったような、ラッキー感が私を包んでいました。ところ変われば、時代変われば、私の『いのち』はなかったかも知れません。だから、このとき私は『自分(日常)を取り戻す』ことを半分諦めたのです。せっかく、つるつるのたまご肌になったのに、ぶつぶつのアボカド肌に戻らなければならない理由はない。そう思いました。半分だけ、あたらしい自分で生きる。あたらしい自分を作る。そう、決めました。
『半昔半新人間』の誕生です。

術後も安定し、手術から丁度一週間で退院となりました。まだ手術後で無理はできず、筋肉痛に似た症状の開復した腹が「つっぱる」ような痛みはしばらく続いていました。
退院した翌日からは、カワサキw650に股がり(リハビリのつもり)。お気に入りの公園まで走り、散歩(ほんとのリハビリ)をするようになりました。

癌の手術が終わり。リハビリ静養期間も終わると、『抗がん剤』を使った、再発予防を「する」「しない」の選択が患者に待っています。半年間の抗がん剤の服用を終えると癌再発の確率が一割五分。抗がん剤を服用しなければ再発の確率は二割になります。
選択権は患者にあります。私は、「とりあえず始めてみっか」という軽い気持ちで抗がん剤治療を開始しました。抗がん剤服用にあたり、丁寧な説明がありました。薬代が高額になること。副作用があること。強い薬なので家族には触らせないこと。入浴も最後がいい。などなどさまざまな注意事項があり、冊子も頂きました。

そのようにして始まった抗がん剤治療でした。が、4日目から副作用(だと思われる)があらわれはじめました。体がむずむず(とくに背中)して、落ち着かなくなりました。当初聞いていた副作用は『手足の痺れ、荒れ。ダルさ。吐き気。微熱。など』がありました。体がむずむずして落ち着かない。は、冊子にも書いてありませんでした。この症状が一日中続きました。眠ろうとベッドに入るものの、5分とじっとしていられません。むずむずが止まらないのです。部屋のなかを歩き回り、階段を上り下りしたり、夜中にシャワーを浴びたり、むずむずから自分の気を逸らそうと焦れば焦るほど息があがり、『自死』がちらつく有様でした。結局ベッドに入り出るを繰り返して眠ることができたのは8時間後でした。最後の頼みと、『伊集院光の深夜の馬鹿力』のタイムフリーを聴きながら眠りにつくことが出来ました。笑いの力に救われた夜でした。翌日から抗がん剤の服用は止めました。

翌日もむずむずは止みません。それに加えてどんよりした不安感が「どーん」と私を指さしてくるのです。全指で。足指もいれて。むずむずと不安感の宇宙服を着ているようなものでした。それを脱げば楽になれるかも知れません。でも、その服を脱ぐということは窒息死です。生きながら、むずむずと不安感から気を逸らす方法を探さないと『いのち』が危ないという、理性が私にはありました。残念ながら『伊集院光の深夜の馬鹿力』も、もう助けにはなりませんでした。「抗がん剤が体からぬけるまでなんとかがんばる」と、その日一日をなんとかやり過ごすことができました。

それが、一週間続きました。抗がん剤はとっくに体からぬけているのに、私の体は私ではないような感覚のままです。つるつるたまご肌に生まれ変わったはずの私は『鬱々不安頭』に生まれ変わったようでした。毎夜遺書のようなものを書きなぐり「なんちゃって」と破り捨てるような終わりの見えない夜がありました。ただ、唯一、カワサキW650に跨がり走っているときだけは、これから始まる半分あたらしい私がありました。『鬱々不安頭』から逃げ出した、『半昔半新人間』の私なのです。カワサキW650のスピード(法定速度内)に『鬱々不安頭』は追いつけないようでした。でも、とうぜん、24時間中カワサキW650で走ることは出来ません。
結局、担当医との相談の上「あまり聞いたことのない副作用ですが」、抗がん剤の服用を完全に止めることになりました。

そして、私は心療内科を受診しました。病名は『不安神経症』と『むずむず脚症候群』でした。朝2錠、夕3錠、就寝前2錠。の薬を飲んでいます。医師曰く「睡眠薬は合う合わないがあるんです。私も服用しているんですけど、10種類くらい試して、やっと自分に合うものがありました。」
私はその夜、パソコンを開いたまま眠っていた。一発で効いた。『鬱々不安頭』も何処かへ行った。
また、私はつるつるたまご肌になったような気分でいる。
そういうわけで私は49歳になる誕生日前に、二度生まれ変わったのだと思っている。(キリスト超えだ)
いつかの私は半分でいい。
いつかの日常も半分でいい。
これからの半分はあたらしく。
『半昔半新人間2』が『シン•半昔半新人間』が始まるのだ。そう、思って暮らして行こうと思う。




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