【第五十四話】セネクトメア 第四章「天望のソールリターン」

現実世界で昏睡状態に陥った貴ちゃんを目覚めさせるため、コネクトを使って貴ちゃんと一緒に現実世界に戻ろうとする俊輔。果たして二人は無事に現実世界に戻れるのだろうか...。

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トゥルルルル トゥルルルル

聞きなれない音が耳元で鳴り響いている。機械的なデジタル音だが、何の音か分からないからほっといてみる。

トゥルルルル トゥルルルル

しかし音は一向に鳴りやまない。でも何だか頭が重たくて、目を開ける気になれない。しかもなぜか肌寒い。今は六月なので、雨の日以外は寒さを感じないはずなのに、明らかに冬みたいに寒い。

トゥルルルル トゥルルルル

この音は多分すぐ近くで鳴っているので、だるいけど手探りで周囲を触ってみる。この気だるさは明らかに夢から覚めた時の感覚で、手に触れる感触も明らかに布団で、自分は布団の中にいることを確信する。ということは...この音は目覚まし時計の音だろうか。


そう思った瞬間、手に冷たくて堅い何かが触れた。感覚的にはスマホだ。でも俺、こんな目覚まし音に設定してたっけ?寝ぼけて忘れてるだけ?目を閉じたまま、手に触れた何かをペタペタタッチすると、音は鳴りやんだ。やっぱりスマホのアラーム音だったらしい。俺は手を引っ込めて、布団の中の暗闇に身をうずめた。

ボーっとした頭が、少しずつ覚醒してくる。確か俺は、昨夜は貴ちゃんの病室に泊まって、セネクトメアでコネクトを使って、貴ちゃんと一緒に現実世界に戻ろうとした。たしかコネクトは成功して、その直後に意識を失った。そしてスマホのアラーム音で目覚めたということは、今は現実世界にいるってことになる。

貴ちゃんと俺、二人の魂が一緒に現実世界に戻ったらどうなるんだろう?まさか俺の魂が貴ちゃんの肉体に入ってたりしないよな?もし今のスマホのアラーム音が貴ちゃんのスマホで設定されていた音なら、納得がいく。

いやそれはマジで勘弁だ。体が入れ替わるのは、美男美女と相場が決まっている。お互い赤裸々に恥ずかしい気持ちを抱えながら困惑し、少しずつ心が惹かれ合っていく青春ストーリーでしか、魂の入れ替わりは許されない。いくら若いとはいえ、男子高校生同士の魂が入れ替わるなんて、腐女子以外からは需要はない。

恐る恐る髪の毛を触ってみるけど、いつもの質感で安心する。あれ、でも少し短くなってる?でも貴ちゃんほどの短髪ではない。気のせい気のせい。いつもこのくらいの長さだったさ。


完全に目が覚めたので、意を決して布団から顔を出してみる。

俊輔「...は?」

視界に飛び込んできたのは、全く見覚えのない天井だった。自分の家でも貴ちゃんの家でも病院でもない。どこここ?

更に恐る恐る少しずつ身体を起こす。すると天井だけでなく、部屋全体が初めて見る光景だった。部屋の広さは十畳ほどだろうか。今いる位置から見て、左奥には扉があり、右側には窓があり、カーテン越しに朝日が射し込んでいる。真正面にはタンスのような家具が並んでおり、その上に金魚水槽が三つほど並んでいる。どこここ?

しかも驚くことに、俺が寝ているベッドはダブルベッドで、自分の枕の横にもう一つ別の枕が置いてある。これって...誰かと一緒に寝てたってこと?


腕を組みながら、目をつぶって考えてみる。とりあえず、ここは現実世界だよな?セネクトメアなら、朝日が射し込んでるわけないもんな。いやでもキヨがセレクトを使った時は、夕焼け空の海辺に移動して、そこもセネクトメアだと言っていた。ということは、朝日が射し込むセネクトメアも存在するのかもしれない。あ!そうだ!

俊輔「政宗!」

俺は右の手のひらを上に向けて、政宗を召喚しようとした。しかし何も起こらない。スキルが発動しないってことは、ここは現実世界ということになる。不確定要素が一つ解消された。


ていうかこの状況はいいとして、肝心の貴ちゃんはどこ行ったんだ。当たり前かもしれないけど、姿が見当たらない。まさかこのもう一つの枕で寝ていたのは貴ちゃん?だとしたら、先に起きてどっか行ったのかな?

「しゅんたん、そろそろ起きないと遅刻するよー。」

急に遠くから女性の声が聞こえてきてビックリした。誰かいる!如月風に言うなら「動体反応あり!」だ。てか「しゅんたん」て。俺のことをそんな風に呼ぶ人なんていない。でもどこかで聞いたことあるような声だ。聞き慣れてるわけじゃないけど、初めて聞く声でもない。誰だったっけ...。

考えてても仕方ないので、ベッドから降りて扉に向かって歩き出す。やっぱり寒い。完全に冬だ。実際に着ている服も、厚い毛布のようなガウンのようなパジャマを着ている。もちろん記憶にない服だ。ここが現実世界であること以外、何ひとつ分からない。


扉に向かう時に、水槽に目がいった。見たことない金魚が沢山いる。政宗やぷくとらみたいな金魚もいるけど、似てるけど違う子だ。この子たちは何か知ってるかな?そう思いながら、ゆっくりと扉を開ける。

恐る恐る扉を開けると、これも当たり前だけど廊下があった。目の前には壁があり、左方向には玄関、右方向には色んな扉があるけど、突き当りはリビングのような部屋になっている。そこからテレビの音が聞こえてくる。さっき俺を起こそうとした人物は、あの部屋にいるのだろうか。敵意はなさそうだけど、一応用心しておく。

リビングに一歩ずつ近づく。すると少しずつ部屋の中が見えてくる。テレビが奥にあり、手前のテーブルに座りながら、歯磨きしている女性がいた。後ろ姿なので顔は見えない。髪型は黒髪のストレートロングで、全く見覚えがない。少しずつ近づくほど、心臓の鼓動が強く高鳴る。女性までの距離が、二メートルくらいまで縮まった。


「あ、おはよう。」

歯ブラシを小刻みに動かしながら、片方のほっぺたを膨らませた女性がこちらに振り返った。どっかで見たことある顔だ。でも思い出せない。誰だっけ?

俊輔「おはよう。」

女性「歯磨き、そこ置いといた。」

テーブルの上にコップが置いてあり、その上に歯磨き粉のついた歯ブラシが水平に置かれている。何だか独特というか、シュールな光景だ。歯ブラシの準備までしてくれるほど、時間に追われているのだろうか。遅刻すると言っていたが、この状態で登校しなきゃいけないのか。

俺は色々考えながら、ひとまずコップの上に置かれた歯ブラシを手に取り、歯磨きを始めた。女性はこちらを見ずにテレビに視線を注いでいる。俺は少し遠慮気味に女性の横顔を眺めるが、長い黒髪がカーテンになっていて、口元しか見えない。多分、どこかで会ったことはある。でも思い出せないレベルなので、そんなに何回も会ったことはなさそう。年齢は、二十代前半くらいだろうか。真っ白い綺麗な肌に、サラサラで艶やかな黒髪、スラッとしたスレンダー体系で、身長は多分普通くらい。えー誰だっけ?


歯磨きしながら考えて、テレビに視線を移す。画面の右上には時間が表示されていて、現在の時刻は八時半。あと三十分以内に教室に行かないと遅刻になるから、確かに余裕はない。

ふいに女性が立ち上がり、部屋を出ていった。口をゆすぐのだろう。俺は部屋全体を見渡した。

さっきの寝室と違い、少し狭い八畳くらいの部屋で、向かって右側には窓があり、カーテンが開いている。そこから見える風景は、だいぶ遠くまで見渡せるので、恐らく今いるのは高層マンションで、結構上の階だと思う。ちょっとお金持ちになった気分だ。

そんな感じで少し現実逃避してみたけど、なぜこんな場所にいるんだろう。万が一パラレルシフトみたいな現象が起きて、違う世界線に移動したとしても、さすがにここまでは変わらないだろう。

そこであることに気づいた。左手の薬指に、シルバーリングがはまってる。パッと見、これは結婚指輪に見える。まぁ薄々勘づいていたけど...。ダブルベッドで一緒に寝て、一緒にマンションに暮らしてシルバーリングをはめてるとなると、さっきの女性は俺の彼女ってことになる。あんなお姉さんを落としたのか俺。やるじゃん。

え?じゃあ、あんなことやこんなことをしてもいいの?何だか少し楽しくなってきた。自然と表情が緩む。

いやいかんいかん!そんなこと考えてる場合じゃないだろ俺!何でこんなところにいるか考えなきゃ!


すると足音が近づいてきた。さっきの女性が部屋に入ってくる。彼女の左手の薬指にも、俺と同じようにシルバーリングがはめられている。やっぱり、そういうことか。...て、えぇ?!

さっきは歯磨きしていたし、髪で横顔が見えなかったから分からなかったけど、この女性...姫子だ!どっかで会ったことあると思ったわけだ!一回しか会ったことないけど、パラレルシフトした世界線で一緒に不思議な体験をして、あの神姫にそっくりな姫子だ。

いやでも、何かが違う。俺が会った姫子は、もっと子どもっぽかった。確かに大人びた雰囲気はあったけど、今目の前にいる姫子は、若いけど大人のお姉さんで、より神姫に似ている。まさか姫子のお姉さんとか?

女性「何でそんなに見てるの?」

女性は照れたように笑ってそう言った。かわいいな。今夜頑張ろ。

いや違う違う!そうじゃなくて、ちゃんと聞かなきゃ!w

俺は急いで洗面所に行き、口をゆすいですぐにリビングに戻った。


女性「はい!早く着替えて!私運転するから、ケータイは移動しながらいじればいいよ。」

俊輔「あ、うん。ありがとう。」

見たことのない服を目の前に差し出されたので、その服に着替える。目の前で着替えるのは少し恥ずかしいけど、女性は全然気にしてなさそう。黒いヒートテックを着込み、緑のセーターとジーンズに、ダウンを羽織る。

「ケータイだけ持ってきて。あとは私が全部持ってるから。」

女性は少しあせっているようだ。ケータイは、確かさっきベッドの上でアラームを止めたっきりだったな。俺はベッドに戻った。


ベッドの枕元にはスマホが一台置いてあった。しかし見覚えがない見た目なので、恐らくあの女性のスマホだろう。全部持ったとか言っておきながら、自分のスマホを忘れるとは。

しかしもう一台、自分のスマホが見つからない。ということは、まさかこの見たことないスマホが俺のスマホ?分からんわ!

ふと画面を見ると、ラインやツイッターなどの様々なアプリが表示されている。これは何かのヒントになりそうだ。でもとりあえず、急いでるから出発しなきゃ!


続く。




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