【第五十六話】セネクトメア 第四章「天望のソウルリターン」

【前回までのあらすじ】

なぜか十年後の未来に辿り着いた俊輔は、姫子と夫婦になっていた。
更に同じ会社で働いているだけでなく、「セネクトメア計画」という意味深なプロジェクトを進めているらしい。

会社に着いて早々に一人になった俊輔は、どこに行けばいいのか分からないまま歩き出す。

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~現実世界(十年後)・Lorelei~

姫子もいなくなってしまったし、この会社はやけに広い敷地だし、どこに向かえばいいんだ。
姫子は俺が十年前の過去から来たって分からないし、見た目は十年後の自分だから無理もないけど、何も分からない。とりあえず適当に歩いてみるか。

俺はとりあえず、姫子が向かった方向とは違う方向に歩き出した。同じ場所に行くとしたら、わざわざ離れて行くことはないと思う。駐車場から会社の中央に向かい、左方向にはテニスコートがあり、姫子は右方向の建物に入っていった。ということは、まっすぐ進むのが正解ってことか?
まぁ歩いてれば誰かが声をかけてくれるだろう。俺は気楽にゆっくりまっすぐ歩きだした。


普段、高校に通ってる時は、授業は超つまんなくてやる気ゼロだけど、友達と一緒に過ごす時間は楽しかった。
でも早く大人になりたい気持ちもあって、大人たちは学生を羨ましく思ってるみたいだけど、働いてお金を稼いで車に乗って、自由に好きなことができる大人は憧れの存在でもあった。

しかし実際に急に大人になると、どこか寂しい気持ちが芽生える。
かろうじて姫子のことは少し知ってるけど、他に俺が知ってる人は今どうしてるだろう。十年も経てば、疎遠になっていたり、亡くなっててもおかしくはない。

しかも、目が覚めたら十年も歳を取っていたとなると、この空白の十年を捨てた気分。きっと色んな楽しいこともあったし、変化や思わぬ出来事もあったと思う。でもその記憶は一切ない。
過去に戻るのは希望が溢れてるけど、未来にワープするのは勘弁だ。

そんなことを考えながら、少しへこむ。こんなことになるなら、コネクトなんて使わない方が良かったかも。これって完全に失敗だよね。
ていうか肝心の貴ちゃんはどうなったんだ?
スマホの連絡内容などを見れば少しは何か分かるはずだけど、怖くて見る気になれない。ただこの現状が、悪い夢であることを願うばかりだ。


「おはよー!」

ボーっと考え事をしながら歩いていたら、明るい女性の声が聞こえてきた。

俊輔「おはよう。」

何となく返事をして声がした方を向く。するとそこには、まさかの記世がいた。意識が一気に現実世界に引き戻され、活力がみなぎった。

俊輔「記世!来てくれたんだね!良かったー!一人じゃ何も分からないから途方に暮れてたんだよねー。」

地獄に仏と言わんばかりに、記世が助け舟に見えた。しかし記世はキョトンとした表情で首をかしげている。何かおかしい。

よく見ると、記世は何だかいつもより幼く見える。どことなく若々しいというか、あどけない感じだ。

記世「来てくれたって、たまたま通りかかっただけよ。てか、何も分からないって何?w」

記世は面白おかしそうに笑った。たまたま?やっぱり俺が知ってる記世とは違うのだろうか。記世は未来から来たと言っていたけど、もしかしたらもっと先の未来から過去にタイムリープしてきたのかもしれない。

姫子は歳を取っていて、記世は若返っているから、凄く変な感じだ。

記世「働き過ぎで少しおかしくなっちゃたのかな?ふふ。」

両手に資料のような本を抱きしめるように抱えている記世は、何も知らない雰囲気だ。いつもの記世と比べると、無邪気さが増してる感じがする。
しかし、助け舟だと思っていた記世の出現は、希望にはならなかった。


記世「今から企画室に行くよね?」

俊輔「え?あ、あぁ、行こうかな。」

記世「新しいアバターと風景のデザイン作ってきたから、着いたら確認してね。」

俊輔「あ、はい。」

記世「廃ビル群に黄昏時の海辺って、結構意外な組み合わせだけど、だからこそ世界観が充実すると思って。きっと気に入ると思うよ。」

俊輔「そうだね。良い感じそうだね。」

適当に話を合わせてみる。デザインを作ってきたって、何のデザインだろう。俺は確認する仕事をしているのか?


記世「そういえば姫子は?」

俊輔「確かセキュリティ課に行くって言ってたよ。」

記世「そうなんだ。セキュリティ課のみんなも、姫子が抜けて寂しがってるから、ちょっと長話になるかもね。」

俊輔「あぁ、そうだね。抜けたもんね。」

記世「何それwまるで自分以外の誰かがそうしたみたいに言うのねw自分が一緒にいたいから引き抜いたくせに!w」

終始穏やかな表情の記世と一緒に歩きながら、話を合わせつつ一言一言の言葉を深く考える。姫子は俺が引き抜いたのか?同じ会社内で?てことは俺は人事部か?

会社の仕組みや部署のことはよく分からないが、俺は社内でそれなりに権力を持っているのかもしれない。まさか社長じゃないよな?二十七歳の若さで。


記世「でもかなり優秀なメンバーが集まったプロジェクトだから、絶対に成功するよ。セネクトメア計画が始動すれば、間違いなく世界は変わる。私たちは救世主になるんだから!」

俊輔「セネクトメア計画...。」

ここに来る途中に姫子も言ってた「セネクトメア計画」とは、一体何なんだろう。会社のプロジェクトであることは間違いなさそうだけど、世界を変えるとか救世主になるとか、ちょっと大げさすぎないか?

そんな会話をしているうちに、俺たちは建物の入り口に辿り着いた。記世が何かを覗き込んでいる。すると扉の横にある液晶画面に、免許証の写真のような記世の姿が映し出され、「通行許可」の文字が表示されている。そして扉は両側にスライドした。なかなかハイテクだな。

そのまままっすぐ進みながら何人かの社員とすれ違い、挨拶を交わす。扉から五十メートルほど歩いただろうか。突き当りに「セネクトメア計画企画室」と表示された扉がある。ここが俺たちの仕事場だろう。近づくと自動で扉が両側にスライドして中が見えた。

部屋は意外と狭く、こじんまりしている。机はバラバラに配置されていて、ノートパソコンのようなものが各机の上に一つずつ置かれている。社員は三人だけいて、見覚えはない。記世はスタスタ部屋の奥に向かって歩いていく。その間に、三人の社員と挨拶を交わした。

記世「じゃあ、ここに置いとくねー。」

記世は抱えていた資料を、部屋の一番奥にある大きな机の上に置いた。ということは、ここが俺の席というわけか。

俊輔「ありがとう。あとで見とくね。」

何も知らないのに偉そうに言っておく。ひとまず無事に自分の仕事場に辿り着けたので、ひと安心。椅子に座り、記世が置いていった資料に目を通してみる。


資料と思っていた紙は、文字ではなくイラストのような絵が描かれていた。鉛筆で描いたようなモノクロの絵は、どこかで見たことのあるものばかりだった。

ホープライツのアジト、廃ビル群、黄昏時の海辺、サーベルタイガーや黒スーツの男。どれもセネクトメアで見たことのあるものばかりだ。これは一体...。

次々と紙をめくって見ていくと、「セネクトメア計画概要」と書かれた紙があった。そこには「プロジェクトリーダー:坂本俊輔」と書かれている。どうやら俺はプロジェクトリーダーらしい。このセネクトメア計画の総括をしているということか?

更に下には「セキュリティマネージャー:神野姫子」「グラフィックデザイナー:影山記世」と書かれている。記世はグラフィックデザイナーなのか。だからこうして色んなイラストを描いてるんだな。
そして姫子は、セキュリティマネージャーか。セキュリティ担当者ってことだろう。


俺は一旦持っていた紙を机に置き、背もたれに体重をかけて天井を見上げた。まさかとは思うが、俺たちはセネクトメアを人の手で作り上げようとしてるのか?

十年後の今の時代は、どれくらいテクノロジーが進歩しているのかは分からない。5Gはとっくに普及してるだろうし、もしかしたら6G時代に突入している可能背すらある。仮想現実や拡張現実の世界は、もはや現実の一部なのかもしれない。

例えばVRゴーグルをつけて、セネクトメアの世界を疑似体験することは可能だろう。しかしその程度の技術なら、本来俺が生きていた2019年でも実現可能なレベルだ。しかも世界を変えるような一大プロジェクトでもない。

ということは...まさかのまさかだけど、あのセネクトメアを、そのまま丸ごと再現しようとしてるのか...?


続く

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