【第六十三話】セネクトメア 第四章「天望のソウルリターン」

【前回までのあらすじ】
再び十年後の未来で目醒めた俊輔は、妻である姫子に促されるまま、正装をして車に乗り込み、どこかへ向かう。
これから一世一代の晴れ舞台に立つことになるらしいが、場所も内容も分からない。

姫子は、俊輔の言動がいつもと違うことを緊張してるせいだと解釈するが、俊輔自身は幸先不安でいっぱいだった。

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自動で走る車に身を任せてから約30分後、右折して大通りから離れる。
するとそこには大きなホテルがそびえ立っていた。
どうやらここが目的地らしい。

姫子は車内のスイッチをいくつか押すと、自らハンドルを握りしめた。
さすがに駐車する時は人が操作するのだろう。

駐車してからは姫子より少し後ろに歩き、自然に先導してもらう。
エレベーターで30階に昇り、扉が開くと廊下の先に広いスペースが見えた。そこには何人かいるようだ。

しかし姫子はエレベーターを降りてから少し歩いた後、右側にある扉にカードをかざし、ピピッと音が鳴った後に扉を開けて中に入る。
俺もソワソワしながら後に続いた。

部屋は宿泊用ではなく、控室のような作りになっていた。
ベッドは見当たらないが、左側には横に長い鏡とテーブル、イスが並んでいる。

その他にも、所々にソファーやテーブルが置かれており、全体的に赤を基調にしたインテリアになっていた。
部屋の中央には、水が入った透明なポットと、複数のグラスが置かれている。
部屋の奥は一面ガラス張りになっていて、眺めが良さそうだ。


姫子「とりあえず時間になるまでここでゆっくりしよ。あと1時間はあるね。」

そう言いながら姫子は腕時計を確認した。
俺はポケットにあるスマホを出して見ると、時刻は8時54分だった。


俺は窓際まで歩を進め、外の景色を眺めた。

パッと見は俺が生きている時代と変わらないように見えるが、実際は十年後の未来だと思うと何だか不思議な気持ちになる。

自分が自分であることに変わりはないけど、いきなりいい大人の年齢になっていると、自分の存在がどこか他人のように感じてしまう不思議な感覚。

すると姫子が左隣に来て、景色を眺める。
気品高く大人の色気を纏った、誰もが見惚れるような美しい横顔だ。

姫子「パーティーの進行は他のスタッフに任せるし、製品やシステムの話は開発担当の人たちがするから、あなたは気楽に感謝の気持ちを伝えるくらいでいいよ。」

姫子は微笑みながら優しい口調で、緊張していると思っている俺を気遣ってくれている。
その声は、俺たちの仲が円満であることを証明してくれた。

俊輔「あぁ、そうするよ。」

無難な返答をして、姫子の言葉をヒントに現状を推理してみる。

どうやら今からパーティーが始まり、製品やシステムの説明を開発担当がする…。ということは、何かの完成お披露目パーティーみたいなものだろうか。
そんなパーティーに出席したことなんてもちろんないけど、この間出勤した会社は凄く大手っぽかったから、盛大な催しになるのかもしれない。


姫子「やることないし、先に会場見とく?」

俊輔「あぁ、いいよ。」

姫子に言われるがまま同意し、部屋を出て右方向に進む。
突き当たりまで行くと広いスペースがあり、さっき見かけた人たちはいなくなっていた。

姫子が進む右方向に目をやると、そこには両開きの大きな扉があり、その右側に縦長の看板のようなものがあった。
そしてそこには『セネクトメア完成記念パーティー会場』と書かれていた。

俊輔「え?」

まさかの表記に目を疑う。セネクトメア完成?
ただ名前が同じだけで、家庭向けの電化製品って可能性もあるけど、こんな偶然があるのだろうか。

でも確か、会社でも『セネクトメア計画』っていう資料があったから、俺たちはこのセネクトメアを作る仕事をしていたってことか?
俺がリーダーの立ち位置っぽかったから、この名前は俺自身が名付けたのだろうか。
うーん。でもセネクトメアって名前を付ける時点で、本当のセネクトメアと無関係ではない気がする。

扉を開けた姫子は片方の扉を手で押さえたままこちらを振り返る。

姫子「どうしたの?入らないの?」

看板を見て立ちすくんでいる俺を、不思議そうな目で見ている。

俊輔「あ、ごめんごめん。」

俺は小走りで扉の先に足を踏み入れた。


会場は結婚式の披露宴のような空間で、白い布がかけられた小さな円形のテーブルがいくつも並んでいた。
テーブルは腰の高さくらいなので、立食パーティー用っぽい。

部屋の壁際ではタキシード姿の男性が何人もいて、飲み物や食べ物の準備をしている。
真正面には大きなステージがあり、中央にはマイクスタンドがあるので、あそこで進行や挨拶や説明をするのだろう。


姫子「わー。おっいしっそうー♪」

姫子は満面の笑みで、両手を握りしめて料理を眺めている。
こういう表情を見るのは初めてかもしれない。
俺の存在を完全に忘れているかのように、料理をひとつずつ見定めている。

すると扉が開き、人が入ってきた。
正装した老夫婦で、俺を見つけるなり笑顔を見せてくれたので、思わず俺も目を合わせながら軽くおじぎをした。
二人はそのままこちらに近づいてくる。

俊輔「こんにちはー。」

老夫婦「こんにちは。」

すると姫子も慌てて俺の隣に来た。

姫子「こんにちは高橋さん。本日はお越しいただきありがとうございます!」

姫子は深くおじぎをして挨拶をした。

高橋(男性)「いやいや、こちらこそお招きいただき光栄です。姫子ちゃんも、今日は一段と綺麗だねぇ。」

高橋さんは、老人らしい穏やかな声でゆっくりと、しわくちゃの笑顔を見せてくれた。
隣にいる奥様っぽい人も微笑んでいる。

高橋(女性)「でもまさか本当に完成するとは思いませんでした。最初聞いた時は絶対無理だと思っていましたが、長生きはするものですね。」

姫子「はい!我が社の全てを注ぎ込んで、何とか作り上げました!」

姫子はとても嬉しそうだ。拳を力強く握りしめ、ガッツポーズを決めた。

高橋(男性)「はっは。じゃあ来年の今頃は、ローレライが世界のトップ企業になっていそうだねぇ。」

姫子「そうなっていたら最高ですけど、まずはセネクトメアをより多くの人たちにご利用いただけるように頑張ります!」

高橋(女性)「ふふ。期待していますよ。私たちにできることがあれば、何でも言って下さいね。」

姫子「はい!ありがとうございます!あ、良かったらお好きなお飲み物やお料理をお召し上がり下さい。」

姫子は、壁際に並んだテーブル方向に手を向けて視線を促す。
それから少し世間話をしてるうちに、また違う人たちが会場に足を踏み入れてきた。
その度に挨拶と社交辞令や世間話をする、といった流れを何回も繰り返している内に、やがて会場内は多くの人で賑わうようになっていた。


続く。

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