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King Gnu『4つの音が主張し合う新しい音楽の形』(前編)人生を変えるJ-POP[第39回]

たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。

今回は、J-POP界の中で異彩を放つロックバンドKing Gnuを扱います。King Gnuは、知っている方も多いと思いますが、キングヌーと読みます。数年前に彼らが初めてテレビの音楽番組に出演した際のことは、今でも私の記憶に残っていて、レベルの高い音楽を放つ集団という印象を受けたものでした。その後も彼らの音楽には、独特の世界観があると感じます。バンドの成り立ちのインタビューなどから、彼らの作り出す音楽の世界や、その世界を描き出す井口と常田の歌声の魅力について書いてみたいと思います。


常田と井口、出会うべくして出会った二人

King Gnuは、2017年に結成された4人組のバンドです。メンバーは、常田大希、井口理、勢喜(せき)遊、新井和輝。

前身は、常田が2015年に結成したSrv.Vinci(サーバ・ヴィンチ)で、このバンドは、バンドというよりは、あくまでも常田のソロ活動をサポートするという意味合いが強いものでした。そのため、メンバーもその時その時に常田が声をかけて参加してもらうという流動的なものだったようです。

常田は、長野県伊那市の出身で、ピアノ好きの父親と音楽教師の母親という環境のもとに育ち、早くから音楽に触れていました。高校卒業後、東京藝術大学音楽学部器楽科に進み、チェロを専攻します。

しかし、社会や文化と結びついた音楽がやりたい、という理由から1年で中退。その後は、独自の音楽活動を繰り返しながら、活動形態がバンドとしての要素が強くなったことから、現在のメンバーが固定した2017年にKing Gnuとして活動を始めました。

井口もまた長野県伊那市出身。実は常田と井口は小中学時代の幼馴染で、中学では同じ合唱部に所属していたようですが、特段仲がよかったというわけではなかったそうです。

高校時代は一旦疎遠になり、その後、井口が東京藝大音楽学部声楽科に進学。その頃、大学を中退していた常田は、その後も大学に何かと出入りしていたことから再会を果たします。

これが、のちにKing Gnuを立ち上げていく大きな要因になったと思われます。

井口は、4人兄弟の末っ子で、次兄は声楽家の井口達。中学時代は合唱部にいたのですから、早くから音楽に触れ、歌うことが好きな少年だったことが窺えます。

藝大では、もちろんクラシック音楽を勉強していましたが、在学中からクラシック一筋ではなく、ミュージカルや舞台などにも出演したようです。常田と再会した彼は、最初、Srv.Vinciのバックコーラスメンバーとして参加したようですが、その後、ボーカルを主に担当するようになります。(

勢喜遊と新井和輝と常田は、六本木のバー「Electrik神社」のイベントで知り合い、その後、2人が常田のバンドに合流して、メンバーが固定化し、King Gnuとして2017年に活動を開始しました。

4人それぞれが、考えやこだわりを持つ

各人の担当は、常田大希(Gt&Vo)、勢喜遊(Dr&Sampler)、新井和輝(Ba)、井口理(Vo&Key)です。勢喜も新井も音楽大学は出ていません。

勢喜は、徳島県阿南市出身。両親がプロミュージシャンで、幼少期から電子ドラムを叩いていたというのですから、音楽と共に育ったような環境です。

音大に進学するかどうか悩んだそうですが、音楽的に信頼している人から「音楽は習うものじゃない」と言われて、「何でもいいんだな」と思ったとか。結局、音大進学はやめて、高校卒業後は、独自の音楽活動を始めていました。

新井は、東京都出身。大学は、東京経済大学です。ですが、幼少期から、米軍横田基地のある福生市で育ち、身近にジャズやバー、ライブハウスなどのある環境の中で育ち、ブラックミュージック好きの母親の影響を早くから受けていたため、中学生でベースを始めました。

高校時代には、本格的にジャズに目覚め、日野賢二や河上修の指導を受けたりしています。また、大学間で交流のある国立音大に通って授業を受け、同大のジャズバンドにも参加し、コンテストでメンバーの1人として受賞をしています。

このように、音楽に対して、それぞれの考えやこだわりを持つ4人が集まったのが、King Gnuというバンドということになります。

1stアルバム『Tokyo Rendez-Vous』で放つ異彩

2017年にバンド名をKing Gnuに改名し、2年後の2019年1月に2ndアルバム『Sympa』でメジャーデビューを果たしました。

しかし、彼らは、2017年10月のファースト1stアルバム『Tokyo Rendez-Vous』を発売する以前から非常に注目を浴びていた存在なのです。

この年、4月にバンド名をKing Gnuに改名後、アメリカのフェスティバル『サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)』や『フジロックフェスティバル』にも出演を果たしており、彼らのコンセプトである「社会と結びついた音楽」というものを十分にアピールする存在だったと言えるでしょう。

彼らには、トーキョー・ニュー・ミクスチャー・スタイルバンドという呼称がつけられていたりもしますが、常田は、「いわゆるミクスチャーバンドではない」と語っています。

彼らの音楽は、洋楽、J-POP、歌謡曲、ジャズ、ロックなど多岐に亘っているのであって、単にそれらを混ぜ合わせたものではなく、独自の新しいものを作り出していく、ということなのでしょう。(

この1stアルバム『Tokyo Rendez-Vous』は、彼らのいわゆる「ミクスチャーバンドではない」というこだわりが詰まったものになっています。

例えば、彼らが考える「ミクスチャーバンド」とは、世界の都市などを見ても、東京は海外のどこにもない感じがして、風景に統一感がない。いわゆる雑多な感じ。

それと同じように音楽に関しても、もっと色々あっていいのではないかということ。日本の音楽は、海外リスペクトが強すぎると感じるそうです。ブラックミュージックなども、もっと自分の思うように好きにやっていいんじゃないかと言います。

「トーキョー・ニュー・ミクスチャー・スタイル」はKing Gnuのテーマであり、音楽のジャンルや形式に捉われない、もっと自由な発想の中で、自分達の音楽を作っていく、というのが彼らの考えなのかもしれません。

いずれにしても、彼らが目指すものは、今までの多種多様な音楽を混ぜ合わせた自由な発想の中で生み出していく、ということなのでしょう。

後編では、その音楽の肝となるものを担う、ボーカリスト井口と常田の歌声の特徴や魅力、さらには2人のハーモニーの世界などと共に、King Gnuの音楽の魅力について書いてみたいと思います。



久道りょう
J-POP音楽評論家。堺市出身。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン元理事、日本ポピュラー音楽学会会員。大阪音楽大学声楽学部卒、大阪文学学校専科修了。大学在学中より、ボーカルグループに所属し、クラシックからポップス、歌謡曲、シャンソン、映画音楽などあらゆる分野の楽曲を歌う。
結婚を機に演奏活動から指導活動へシフトし、歌の指導実績は延べ約1万人以上。ある歌手のファンになり、人生で初めて書いたレビューが、コンテストで一位を獲得したことがきっかけで文筆活動に入る。作家を目指して大阪文学学校に入学し、文章表現の基礎を徹底的に学ぶ。その後、本格的に書き始めたJ-POP音楽レビューは、自らのステージ経験から、歌手の歌声の分析と評論を得意としている。また声を聴くだけで、その人の性格や性質、思考・行動パターンなどまで視えてしまうという特技の「声鑑定」は500人以上を鑑定して、好評を博している。
[受賞歴]
2010年10月 韓国におけるレビューコンテスト第一位
同年11月 中国Baidu主催レビューコンテスト優秀作品受賞