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Superfly『天からGiftsされた歌声で人々を応援し続けるボーカリスト』(後編)人生を変えるJ-POP[第43回]

たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。

今回は、昨年6月に喉の不調でツアーを中止、年末の紅白歌合戦において、見事に復活して歌声を披露した女性ボーカリストSuperfly(越智志帆[おちしほ])を扱います。

前編はこちらから)


魅力的な歌声をとことん鑑定する

Superflyこと、越智志帆の魅力はなんと言っても、伸びやかな高音とパワフルな歌声にあると言えるでしょう。彼女の歌声を音質鑑定してみました。

越智志帆の音質鑑定

  1.  声域は、低音部から高音部まで広い

  2.  地声とミックスボイス、そしてファルセットを持つが、ほぼ地声かミックスボイスで歌っている

  3.  響きの幅はやや太めでハスキーさは感じられない

  4.  全体に柔らかなトーン。また、声の中心部も尖った音質の印象はない。

  5.  非常に伸びやか

  6.  明るめの音色を持つ

  7.  低音域から高音域までほぼ響きが変らないという特徴を持つ

  8.  明らかなボイスチェンジがなく、1つの響きで低音部から高音部まで統一されている

  9.  パワフルだが尖った響きはなく、全体に滑らかなビブラートを持つ

  10.  ビブラートの種類は細やか

  11.  声量は非常に豊かで、音域によって差を感じることはない

このような歌声の音質を持つ彼女の大きな特徴の1つに、普段の話し声と歌声の印象に差異を感じることがあります。

彼女の場合、ロックシンガーであり、楽曲にはパワフルな歌声を要求するものが多いです。そのため、非常にピンと張った豊かな声量の歌声の印象を持ちますが、普段の話し声は、大きな声の印象はなく、どちらかと言えば、小さな声で物静かな印象。

さらに、歌声には見られない少しハスキーな響きが話し声には散見されます。これは、おそらく歌声の時と話し声の時の響きの共鳴腔が違うのでしょう。

また、彼女のパワフルな歌声には、ロックシンガーにありがちなシャウトする部分が見られません。シャウトというのは、強く叫ぶような歌声のことで、声に負荷をかけて、わざと響きを歪ませてインパクトの強い声を出すことを言います。

歌の盛り上がるサビの部分などで使われることが多く、ロックシンガーの特徴的な歌い方の1つですが、彼女もロックシンガー。

ところが彼女の場合は、サビの部分でもシャウトさせずに、地声、またはミックスボイスのまま、高音部を強く歌いきっています。

これは、歌声をファルセットにせず、声門を閉じたまま大量の息を声帯に吹きかけて歌っているのですが、このように歌うには、元々持って生まれた声帯が強いことが条件です。

そうでなければ、大量の息が吹きかけられた時点で、声門が耐えきれずに開いてしまうので、彼女は、元来、声帯が強い、ということが考えられます。しっかりと閉じた声門が息の勢いに負けない、ということが条件になりますから、これは、彼女が持って生まれた特性と言えるでしょう。

この声帯があることで、彼女の歌声は、どんなに高音でパワフルな歌い方をしても、歌声がびくともせずに伸びやかに歌っていけるのです。女性では、非常に珍しいタイプと言えます。

また、どうしても強い歌声だとハスキーになりがちな響きも、彼女の場合は、そうはならず、さらに高音域まで歌えるのは、彼女が小柄なせいだからかもしれません。

小柄な人は、声帯も短く、それだけ声域も高くなります。さらに小柄なために、下腹部から声帯のある喉までの距離が短くなり、強く吹きかけた息が勢いを緩めずに身体の中を駆け上がれるのです。

息を吐いた瞬間から実際に声帯に当たるまでの距離が短くなるために、その勢いを使って楽に歌声を高く放り上げられます。それによって、弾力のある力強い歌声がキープできる、ということなのです。

これこそが、まさに彼女が天から与えられた“Gifts”であり、Superflyというボーカリストの魅力と言えるでしょう。

似て非なるもの、それが歌詞と文章

彼女は2018年に結婚、2022年に第一子を出産しました。妻となり、母となった日常や自分のありのままの感情を素直に書き下ろしたエッセイ『ドキュメンタリー』を2023年4月に発表。

このエッセイ集は、2020年7月から約8ヶ月にわたってwebマガジン「考える人」で連載していた「ウタのタネ」を大幅に加筆修正したもので、自分を表現することや人とのコミュニケーションが苦手だったという彼女が、日常の何気ない出来事を文章に起こすことで、肩の力が抜けたと言います。(

「歌詞と文章には、写真と映像のような違いがあるのを感じた」と話す彼女は、文字量に限りのある「歌詞」は、無駄を排除し、瞬間を切り取る作業。それは、一瞬を画像に収める写真と同じようなもの。

そして、「文章」の方は、長い分量を文字に収めるということで、常にカメラで隅々まで撮られているような感覚。これは映像を撮られているのと似たものがある、ということなのだろうと思います。

エッセイを書くことで、普段は見せない自分の姿をありのままにオープンにしようとする気持ちになり、「カッコ悪い私がたくさん描かれている」とも話しています。

文章を書く、という作業は、日常の出来事や自分の感情を客観視する作業が必要です。

そうやって文章にしたとき、日常と自分の感情とに一定の距離感が生まれ、ふだんは表現できないような、ありのままの自分の感情をそのままことばにできるようになります。すると、自分を表現することに躊躇がなくなったりするのです。

文章を執筆する仕事をしている私も似たような感覚を持っています。ありのままの自分を表現することに躊躇がなくなると、人とのコミュニケーションの中で、自分の感情をことばにして伝えることも素直にできてくる、という経験があるように思えるのです。

力強さに優しさを伴って、未来へ──

「想いを伝えることが楽しくなった」と話す彼女は、母となり、歌声にも変化が出てきたように感じます。

以前のパワフルさに加えて、歌の面でも肩の力が抜け、非常にやさしい、滑らかな歌声を披露するようになりました。

女性の場合は、加齢や出産によって声質の変化をする人が多いです。ホルモンの変化が、声帯という粘膜に影響を与えるからと考えられます。

2023年6月に声帯の不調からツアーを中止した彼女は、今年、ツアーの規模を縮小して再開しています。

今後、力強い歌声だけでなく、母となった視線で作る優しいバラードなども生み出されていくでしょう。そこに彼女の伸びやかで優しい音色の美しい歌声が被さることで、きっと子育てに悩む母親たちの背中を押すことになると思います。

歌は、アーティストの人間力がそのまま反映されます。テクニック面だけでなく、歌手の素養がそのまま歌声に反映されていくからであり、歌声を聴くだけで、その人の性格がわかるほど、パーソナリティーが刻み込まれます。

今後、彼女が母として、女性として成長する中で、どのようなアーティストとしてメッセージを伝え続けるのか、人生の応援歌を歌えるボーカリストとしての歌声を期待したいと思います。


久道りょう
J-POP音楽評論家。堺市出身。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン元理事、日本ポピュラー音楽学会会員。大阪音楽大学声楽学部卒、大阪文学学校専科修了。大学在学中より、ボーカルグループに所属し、クラシックからポップス、歌謡曲、シャンソン、映画音楽などあらゆる分野の楽曲を歌う。
結婚を機に演奏活動から指導活動へシフトし、歌の指導実績は延べ約1万人以上。ある歌手のファンになり、人生で初めて書いたレビューが、コンテストで一位を獲得したことがきっかけで文筆活動に入る。作家を目指して大阪文学学校に入学し、文章表現の基礎を徹底的に学ぶ。その後、本格的に書き始めたJ-POP音楽レビューは、自らのステージ経験から、歌手の歌声の分析と評論を得意としている。また声を聴くだけで、その人の性格や性質、思考・行動パターンなどまで視えてしまうという特技の「声鑑定」は500人以上を鑑定して、好評を博している。
[受賞歴]
2010年10月 韓国におけるレビューコンテスト第一位
同年11月 中国Baidu主催レビューコンテスト優秀作品受賞