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森山直太朗『ポケットサイズの楽曲に音楽の本質を叩き込む』(後編)人生を変えるJ-POP[第46回]

たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。

桜の季節になりました。この季節になると思い出す曲の1つに森山直太朗の『さくら』があります。ということで、ベタですが、今回は、森山直太朗を扱います。彼の独特の世界観や魅力について、書いてみたいと思います。

(前編はこちら


後編は、彼の歌声の魅力から、書いていきたいと思います。

親子の声はなぜ似るのか? その意外な理由

森山直太朗と言えば、抜群の歌唱力を持つ森山良子の息子です。私は、歌手の歌声を聴いて分析するのが得意なのですが、やはり、二人の歌声は、非常に共通項が多い、と感じました。

森山良子の歌声と直太朗の歌声の響きは、基本的に同じである、ということを感じます。やはり、そこは親子だなぁ、と。

歌手でなくても親子であると、声が似通っているのが一般的です。今は、個人が電話を持つ時代ですから、親子の声を聞き間違える、ということは殆どないですが、一昔前、家の固定電話を家族みんなが使っていた時代には、よく、親子の声を聞き間違えて話をし始める、ということがあったりしました。

「いやー、声が似ているから間違えたわ」という会話の経験をされた方も、少なからずいらっしゃるのではないでしょうか。

なぜ、親子だと声が似るのか、と言えば、いくつかの要因がありますが、1つは、顔の骨格が似通っている、ということ。

声は、顔の骨格に響いて発声されます。親子で顔が似通っている場合、骨格も似通っていることが多いです。特に顔の下半分、顎から耳元にかけての輪郭や頬骨の高さなどが似ていると、声が響く共鳴腔が似るために声は似てくるのです。

それともう一つ、生活環境が影響を与えるとも言われます。生まれた時から、子どもは親の声を聴いて育ちます。

それは、ことばの発音の仕方や声の出し方など、耳で聴いて自然と覚えているんですね。それが実際にことばを発音するときに影響を与えると言われます。

口癖や食べ方の癖などが似るように、親の声を聴いて育った子どもは、やはり音声的に似通った声になる可能性が高いと感じます。

他にも生活習慣や遺伝的要素など、いくつも要因はありますが、「親子は声が似通っている」と感じることは、このような知識を知らなくても、皆さんが感じることではないでしょうか。

森山良子・直太朗親子の歌声を音質鑑定してみた

森山良子の歌声と直太朗の歌声は、歌声の響きの部分で同じようなトーン(響きの色合い)をしています。特にそれは、ファルセット(裏声)のところで強く感じます。

どちらも、元来、ビブラートのある歌声ですが、直太朗の方が、年齢的にも若いこと、そして、男性なので、声帯の筋肉が強いということもあって、若干、透明性の高いファルセットになります。

森山直太朗の歌声の音質鑑定を簡単にしてみると、以下のようなものになります。

・全体にソフトな響き
・声の幅はそれほど太くない
・ストレートボイスではなく、ビブラートの響きを持つ
・ファルセットになると、やや透明性が増す
・声域は、ハイバリトン(男性、高めの中声区)
・表声(ミックスボイス)は鼻腔に共鳴した甘い響きの歌声になる
・響きの中心部のビブラートは揺れない(だからと言って、中央に固い芯のある歌声ではない)

このような印象を持ちます。直太朗の歌は、ファルセットを使って歌うものが多いです。

音源では感じませんが、以前は、たまに、音楽番組などでファルセットの響きや音程が安定していないことがありました。

男性の場合、このミックスボイスからファルセットへのボイスチェンジというものは、非常に難しいテクニックの1つと言えます。

元々、ミックスボイスがブレスを多く含んだビブラート音質の声の場合は、ファルセットへのチェンジはそれほど違和感なくスムーズに行われることが多いのですが、ストレートボイスの歌い手の場合は、不安定になりやすいのが特徴です。

ボイスチェンジをはじめ、進化しつづける歌声

ポップス歌手は、高音部になると、自分のギリギリの高さまで表声のミックスボイスで歌い、限界に来ると、クルッとファルセットになる歌い方をする人が多いのです。

その場合、音量が下がり、声が細くなって、頼りなく聞こえる人もいれば、ボイスチェンジしたにもかかわらず、ほぼ音量も、声の幅も、音質も変わらず、違和感なくファルセットの歌声になる人の2通りに分かれることが、素人目にもわかると思います。

直太朗の場合、若い頃は、ボイスチェンジに違和感のある歌声が多かったのですが、最近は、ほぼ違和感のない、非常に綺麗な響きの安定したファルセットを披露しています。

音程にもブレがなく、これなら、森山良子からもダメ出しがないでしょう。年齢や経験、そして弛まぬ努力や鍛錬の結果、歌声が進化した証拠ですね。
進化し続ける歌手は、非常に魅力的です。

彼の初期の曲の中で非常に音質的にも安定した声で歌っているものの1つとして『生きとし生ける物へ』をあげることが出来ます。

この曲は、全編、力強い声で歌われています。ファルセットへのボイスチェンジもほぼ感じられないぐらい、ヘッドボイスが安定した音量と音質になっているのですが、(もしかしたら、全編、ヘッドボイスで歌っているのかも?)その歌声に支えられたことばのタンギング(子音のアクセント)が見事です。

ことば1つ1つの発音が非常に明瞭で、彼の強い意志を感じさせ、聴き手の心にストレートに届いてくるのです。

この楽曲も男性コーラスを従えた作りになっていますが、彼の楽曲は、「ポケットサイズの持ち運びの出来る楽曲」と言いながら、やはりスケールの大きいアレンジに十分耐えうるだけのしっかりとした楽曲に作りになっていると思いました。

また、私の記事の中で、よく書くことですが、歌手は加齢と戦い続けなければならない職業の1つです。これは、声帯という肉体の器官を使って歌う宿命とも言えます。

ですが、加齢は、鍛錬や努力で影響を遅らせることはできるのです。また、筋肉の一種である声帯は、鍛えることで柔軟性や伸縮性を保ち続けることができます。

60代、70代になっても、若い頃と変わらない歌声を披露する歌手がいるのは、声帯がこのような特性を持つからとも言えます。

森山直太朗は近年、非常に充実した響きの歌声を披露しています。これなどは、弛まぬ努力を続けてきた結果と言えます。

そういう意味で70歳を超えてなお、全く音質的にも声量的にもブレない母親の森山良子の歌手としてのあり方が、いいお手本になっているのかもしれません。

久道おススメの一曲は、これ!

『さくら』や『生きとし生ける物へ』など、名曲の多い彼の楽曲ですが、今回、私は彼の楽曲の中で面白いものを見つけました。

それは、『うんこ』という楽曲です。この曲も御徒町凧との共作なのですが、もう、タイトルだけでも笑っちゃいます。

さらに冒頭の「さっきまで〜」からのフレーズを聴くだけで、爆笑。そして、「え?これで終わり?」と思わず聞き返すほどの短い歌。

まさに、彼のモットーである持ち運びの出来る歌なのです。もし、まだ、お聞きになっていない方がいらっしゃったら、ぜひ! オススメです。

彼は長年コンビを続けてきた御徒町凧との関係を2019年の「人間の森」で解消しています。

お互い、支え合ってきた関係を一度見直し、1人になって何ができるのかということを話し合ったとのこと。(

そうやって、曲作りの原点に立ち返った彼ですが、コロナに感染したことで、それまで執着してきたものや自分というものを客観視する機会を得たようです。

今までと同じ景色なのに、全く違う景色に見えるような新鮮な体験をしたことがその後の曲作りに生かされているようにも思えます。(

そんな彼は、一汁一菜の家庭食を大事にしたり、お風呂でのストレッチをしたり、と、自分自身の身体も含めて、心身の状態を整えることに注力しているように感じます。

結局、自分自身を整えることで、内面から溢れ出してくる感覚を大切に曲作りに活かしているのかもしれません。

20周年のツアーを一昨年に終えて、新たなフェーズに入った彼が、今後、どんな曲作りをしていくのか、楽しみにしたいと思います。


久道りょう
J-POP音楽評論家。堺市出身。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン元理事、日本ポピュラー音楽学会会員。大阪音楽大学声楽学部卒、大阪文学学校専科修了。大学在学中より、ボーカルグループに所属し、クラシックからポップス、歌謡曲、シャンソン、映画音楽などあらゆる分野の楽曲を歌う。
結婚を機に演奏活動から指導活動へシフトし、歌の指導実績は延べ約1万人以上。ある歌手のファンになり、人生で初めて書いたレビューが、コンテストで一位を獲得したことがきっかけで文筆活動に入る。作家を目指して大阪文学学校に入学し、文章表現の基礎を徹底的に学ぶ。その後、本格的に書き始めたJ-POP音楽レビューは、自らのステージ経験から、歌手の歌声の分析と評論を得意としている。また声を聴くだけで、その人の性格や性質、思考・行動パターンなどまで視えてしまうという特技の「声鑑定」は500人以上を鑑定して、好評を博している。
[受賞歴]
2010年10月 韓国におけるレビューコンテスト第一位
同年11月 中国Baidu主催レビューコンテスト優秀作品受賞