高円寺酔生夢死 第八回

飲み屋がよく昼間にランチ営業をやっていることがあるが、なかなかこれは勇気のいる試みである。とはいえチェーン店な居酒屋の場合、バイトの人員やシフトを調整すれば比較的容易だ。なかでも仕込みの必要のない食材(冷凍&レトルト食品など)が配送されるシステムを採用している場合などは、ある意味ファミレスに近いノリである。

問題なのは個人経営の場合。基本的に仕込みは自分で行っているし、一日は24時間しかない。寝る時間を削ってランチを行うのはなかなかにハードだ。

ランチ営業を決意するにあたっての理由は当然あろう。例えば新しく開店して間もなくのために名前が知られていない…いわば宣伝も兼ねてのランチ営業。或いは人員に余裕が出たために仕込み時間のついでにランチをやってしまおうという一挙両得な理由とか。一番大変なのは、夜の営業が芳しくないために不退転の覚悟でランチに乗り出すという場合。どうにもその辺がにじみ出てしまっているお店の場合は「頑張れよ」としか言いようがない。飲み屋なランチの食材は、多くの場合は前日の料理や食材の流用であることが多い。大皿料理の煮物類とかカレーとか。とりわけ残してしまっては勿体ない野菜や肉をこれでもかという具合にぶち込まれて作られたカレーなどは意外とリッチな味わいになっていたりする。

以前『博多や』でランチを行っていた時には500円でこの特製カレーにみそ汁がついて大層お得だった。元々はまかないで作られていたのをサトウたち常連が食べて好評だったために、ランチ開始の際にはいの一番にメニューに決まったという。大将のベンさんは仕込みついでに少しは稼げればいいやと思って始めたのだろうが、大きく目算が狂った。安くて旨い、ということで近所の学生が連日訪れ、大盛況になってしまったのだ。おお、よかったじゃないですかと言えばそうではなく、仕込みのついでのランチ営業が、いつの間にかランチのついでの仕込みになってしまい本末転倒。あげくにランチのための仕込みを本格的にしなければならなくなり、結果昼も夜も忙しくなって…そのうちにランチ営業はおしまいになった。サトウも何度かランチに顔を出したことがあるが、基本、昼のランチによく来る学生たちは夜の居酒屋タイムにはほとんど来なかったような気がする。何せ学生は金がない。金がないから安くて旨いところに対しての嗅覚が利く。それから量の多さにも敏感だ。ちなみに高円寺では安くて量があってそこそこ食えるチェーン店はあまりうまくいかない場合が多い。それは家賃が高額だという理由もあるが、加えて売りである筈の「食べ放題」や「おかわり自由」が自らの首をしめるのだ。以前某ラーメン屋がゆで卵の食べ放題というサービスをしていたが、一人で五個も六個も食べている客が大半だったので「大丈夫か?」と思っていたら案の定、ほどなくサービスは終了した。これは傷口が浅いうちの判断だったので賢明だったが、某ファミレス系の定食屋などはご飯食べ放題のあげくに月額の家賃とのバランスが取れずに玉砕していった。一人一杯二杯余計に食べても変わらないでしょというのは食べる方の理屈で、店側は家賃を払った上で人件費や光熱費や維持費もろもろを月の収入から割り当てないといけない。ましてや飲食は日々の客の入りで収入が左右されるのだ。外からなかなかに実情は見えない。

サトウがアニメの仕事を始め、更にはフリーになった時には「好きなことをやって好きに稼いでいいなぁ」「うらやましい」などと定番のことをよく言われたが、実情は「仕事がなくなればのたれ死ぬのもフリー」だったりするので、決してうらやましい境遇でもなかった。その一方でふと訪れた居酒屋で、マスターが一見のんきそうに営業しているのを見て「ああ、オレも飲み屋でもやろうかしらん」と無責任に考えてしまうのは正に『隣の芝生』。今では仕事やプライベートを通じて様々な業種の知人が出来た。それぞれ色んなことで苦労してやり繰りして日々を送っている話を聞くにつれ、あまり他人をうらやむことはなくなった。一番大事なのは自分の掲げたプランニングをいかに実践して、抱いた目標をいかに実現していくかということ。そのためには自分の性に合ったことをやるのが一番で、サトウの場合はそれがたまたまアニメだったということだ。

それにしても、高円寺の飲食の回転は早い。秋から年末にかけては閉める店も多いが、新装開店も多い。種類もエスニックあり地鶏ありと色々。この中でいったい何軒のお気に入りが見つかるか楽しみだ。

(2007年12月7日公開分)

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