見出し画像

ストロベリーは何処に

ストロベリーは何処に
《Strawberry wa doKonI》

p1
 幼なじみが死んだ。
 今でも私は考えてしまう。誰かが死んだ時、どうしてこんな感情になってしまうんだろう。この先もTwitterで有名人の訃報ニュースを見るたびに、いや、父や母が亡くなった時もこんななのだろうか。
 決して死はネガティブなものではないのに。

p2
 ー2020年2月ー
  沖縄
 19歳になったばかりの私は3年ぶりに帰沖した。目的は他でもない、優哉の七回忌だ。ここにきたら必ず優哉を拝むのだ。寒風が舞う青空のもとで墓石が宝石のように光っている。最近麻美さんが来たばかりなのだろう。
 もうあの時のように、沖縄に雪は降らないのだろうか。私は沖縄で雪を見たことがある。それは優哉が死ぬ前日、2014年2月23日の夜だった。
 ー2014年2月23日ー
 「沖縄でこんなに寒いのは初めてじゃない?」
 「確かにねー、東京はもっと寒いのかな。」
 「ねぇ、本当に明日東京行っちゃうの?」
 「たかが1週間の帰省だろ、俺にも親戚がいるの。にしてもお前がそんな心配するのは珍しいな。寂しいの?」
 「いや、、まあ、寂しいよやっぱり?」
 「へぇー、まあ男女の幼馴染みあるあるかもな。」
 「何が?話が飛びすぎててよくわかんない。」
 「俺ん中では繋がってんの。あ、冷てっ」
 「雪だ。初めて見た。」
 「これが雪か。初めてすぎる。」
 「沖縄も、冬の匂いがするんだね。」
 「何それ、夜空ノムコウみたいだな。」
 「ん?夜空ノムコウ?」
 「SMAPだよ、知らないの?」
 「知らないよ。聴けばわかるかも。」
       ー
 翌日、彼は東京に向かう途中に交通事故に遭って死んだ。即死だったそうだ。私がそれを知ったのは事故から2日後のことだった。優哉のLINEがつながらないことを不審に思い、麻美さんに聞いたのだ。当時沖縄に残って大学の卒業論文の締切を間近に控えていた姉の麻美さんは、2人暮らしだった弟の死にショックを隠せていなかった。私はといえば、よくわからなかった。沖縄で死ぬならまだしも、なんでそんなよくわかんないところで居なくなって、もう会えなくなるの、と変なところに悔いを感じられるぐらいには、何故か冷静だった。とはいえ、やはり実感してしまうと辛い。今まで当たり前のように近くにいた人ともう会えない、気分を紛らわそうとYouTubeを開く、だけどやっぱりダメだ、涙が溢れてくる、嗚咽して泣いたのは本当に久しぶりだった。中学1年の冬のことだった。

p3
 ー2020年2月ー
 もしも奇跡が起きるなら、私は何を願うだろうか。「優哉に会いたい」本音だけど何か違う。叶わないことは望めない。私は理想主義者ではないのだ。お母さんは何をしてるだろう。お父さんは元気かな。4年前、高校入学にならって上京した直後、両親が実家にいないことを知った。お父さんは大阪へ単身赴任、お母さんは理由も言わず家を出て行った。お母さんとは血がつながっていない。特段両親と仲が良かったわけではないが、それなりの情はあったし、心配に思う気持ちは強い。だけどまたいつか会えるだろう、楽観視しているのも事実だ。
 高校2年の時、初めて恋人ができた。1つ下の部活の後輩だ。その子は明るくて人を笑わせることが大好きで、でも恋愛には奥手で、友達に相談しながらやっと私に告白できたらしい。人と付き合ったことがない私は、彼の気持ちに気づいてはいたが私から好きになろうと思うことはなかった。告白された時、返事はかなり迷った。でも友達に背中を押されて付き合うことになった。彼の異常性に気づいたのは、付き合ってから一ヶ月のことだった。彼は私との行為を動画に収め、次第に暴力を振るうようになった。誰かに相談したかったが、それをすると動画を拡散するぞと言われ、誰にも相談できなかった。膝には青いあざが、お腹には、苺のように潤った赤い血の跡が残った。そんな日々も半年で終わった。彼は亡くなったのだ。癌、だったらしい。

p4
 いつからだろう、死が怖くなくなったのは。いつからだろう、死に興味を持ち出したのは。きっと私の人生の蓄積だろう。私の身の回りで起きたこと、私が経験してきたことは全てネガティブなことだったのだろうか。なぜ、人が1人死んだだけであんなに人は悲しむのだろう。自分だって、いつか、死ぬのに。わかっているだろうか。死んだ本人は悲しくもなんともない。周囲の人間とは感情の誤差があることを、わかっているだろうか。そう考えると周りで泣いている人たちが滑稽に見えてしょうがなかった。次第に考えるようになった。私が死んだら周りはどんな反応をするのだろう。両親とは疎遠だ。知ったらショックを受けるだろうか、後悔するだろうか。私は生きているのが馬鹿らしく思えてきた。人は、死ぬために生きている。どう生きるのも自由なら、どう死ぬのも私に権限があっていいはずだ。
 ー私は、一歩一歩、踏みしめながら歩き出した。
 ー見上げると悔しいくらいに青く広い空、東京の冷たいアスファルトに広がる、私の証のような苺、今日という日を忘れることはないだろう。


ストロベリーは此処に
《Strawberry wa kokonI》

p1
 祖母が倒れた。
 突然のことがあると人は必ず動揺する。僕もそうだ。いつ誰に何が起こるかなんて、今自分に何かが起こってもおかしくないなんて、想像もできないから、生きていると不安が募っていく。一瞬たりとも油断していい瞬間なんてないのに、どうしてあの人は笑えているのだろう。どうして僕は悲しいんだろう。
 昨日故郷に雪が降った。こんなことは初めてだ。今朝車を見るとうっすら雪が積もっていた。次僕がここに戻ってくる頃には残っているだろうか。流石に消えているか。昨日、あいつと話した時、あいつが悲しそうに見えた。泣いていた、のかもしれない。もしかしたらあいつも、同じことを考えていたのかな。
 ー時間だ。バスが来た。まだ誰もいないし、せっかくだから一番前に座ろうかな。思い出した。夜空ノムコウを聴いて、さあ東京へ帰ろう。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?