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第1回マンガウォッチパーティー『推しの肌が荒れた』(もぐこん・新潮社) 感想まとめ

 Amazon Prime Videoに複数人で動画を同時視聴できる「ウォッチパーティー」という機能があります。今回は、それをマンガでやってみようという試みです。今回参加してくださったメンバーは以下のとおりです。
・彗星読書倶楽部さん(@suiseibookclub
・kiaroさん(@Hftiw1022
・コリアンダーペンギンさん(@corianderpeng
・moyomotoさん(@moyomoto3
・セカイ系ちゃん(@MukugeNiwano)←今回の主催者、記事執筆者

 課題本は、もぐこん先生の『推しの肌が荒れた』(新潮社)です。本作は、表題作の『推しの肌が荒れた』ほか、『裸のマオ』、『きしむ家』、『あつい皮膚』の計4つの作品が収録されています。
推しの肌が荒れた|Amazon

マンガウォッチパーティーの概要とルール

 まず、マンガウォッチパーティーとはなにか、概要とルールについて説明します。

▼マンガウォッチパーティーの概要
・みんなで同じマンガをその場で読みます
・読み終わったら「読み終わった旨」を伝え、議論タイムがスタート
・議論タイム中は、そのマンガの情報を検索するのは禁止。あくまで読んだ時点の自分の手持ちの感想だけで話をします

▼議論する上でのルール
・ブレーンストーミングのように行うため、他の人の意見を否定せずまずはたくさん意見を出してください
・他人の意見を責めるのはなし
・本当に自分の言いたいことでなくても、こういう視点もあるよねなど、視点を変えて意見を出してみてください
・誰がどの意見を出したかは気にないこと
・『推しの肌が荒れた』は短編集なので、一話ごとに議論タイムをはさみます。細切れに行うことで、気づきが増えるからです
・最後に一冊のまとめを行い、感想のブラッシュアップを行います
・開催後は、議事録をnoteにまとめます。noteには誰がどの意見を言ったかは記載しません
 
 一冊のマンガをその場で読み、意見を交わしていくという実験的な試みでしたが、参加者のみなさんのおかげで、たくさんの刺激的な意見が得られ、とても楽しい会となりました。独特な絵柄やカメラワーク、そして最後の一枚絵の意味などについても考察しています。その記録を箇条書きで本記事に記載していきます。

『裸のマオ』

▼あらすじ
美術のスケッチの授業をきっかけに、自分の身体に興味を持ったマオ。美術の先生に声をかけられ、先生のヌードモデルになることに。最初は先生とモデルという関係性だったが、一緒の時間を過ごすうちに…。
(引用:裸のマオ|くらげバンチより)

▼出た意見

  • 本作をTwitterで初めて読んだときに大好きな作家だと思った。建物の中が暗い一方で、その暗さには影響されない、まおのあっけらかんとした明るさのバランスが好き

  • 全部の線がフリーハンド、定規を一切使っていない

  • 土間のある家は少なくなっているのではないか。住んでいる方がいたら是非教えてほしい

  • P31の朋子の目とスマホのカメラが2コマに分けられている。またP10やP13など鏡や窓など反射するものを通して描かれるのが特徴的

  • P10の銭湯のシーンで、朋子は鏡を見ることにこだわりがないそぶりを見せているが、P29で先生の家に到着したときに窓に映る自分にぎょっとするシーンの対比が面白い

  • ハッチングで描く技術がすごい。トーンが使われていない。P30の木目がすごい

  • マンガの絵柄と細身のモデルさんを好んで描く先生というところから長沢節を連想しました。それとなんだかマンガ全体が「デッサン」といったような印象を受けました。マオと、先生と、朋子のデッサン


『きしむ家』

▼あらすじ
管理しているアパートに母娘が引っ越してきた。大家である瞳は、母親から頼まれて娘の面倒を見るようになる。平和に暮らしていた3人だが-。
(引用:きしむ家|くらげバンチより)

▼出た意見

  • P42で縦長に描かれている家のパースが歪んでいるところがタイトルのきしみや歪みを表現していて面白い

  •  P49のこたつの中のシーンなど、一人称の視点が面白かった。これは前の短編にはなかった。アルフレッド・ヒッチコック『裏窓』などの映画にも共通している観察している側が物語に入っていく構成が面白かった

  • 理香ちゃんの彼氏の顔が黒塗りで見えないのは、このお話全体があくまで大家さん視点だからなんだろうな〜、と。家のきしみや理香ちゃんを通じて存在を感知しているだけで。見ていないものは見えない。でも視覚情報以外で補完して想像している

  • P63からの理香と同級生のエッチシーンはいっけんすると三人称視点に見えるけど、実は大家の想像のシーンなのでは?

  • P66の天井のコマが魚眼レンズになっていてぎょっとした

  • ぎょっとするようなコマの入れ方がもぐこん先生の特徴

  • P76-77はいっけん思い出の走馬灯シーンに見えるが、未来に起こるであろうシーンも入っていて、二人の妄想も入っているのではないだろうか。面白いミスリードを誘う見開きである

  • P44とP79で手の温度が対比されている

  • 手の温かさ、エッチのシーンの温かさ、お酒飲んでいるときに目の下に入っている斜線、こたつなど体温を感じさせる表現がちょくちょく入っている

『あつい皮膚』

▼あらすじ
海老名さんに触れられたところは「かゆい」のか「気持ちいい」のか――。 「裸のマオ」「きしむ家」が大反響のもぐこん最新作。
(引用:あつい皮膚|くらげバンチより)

▼出た意見

  • 表紙絵はなぜ靴下を履いているのか?

  • 暗闇表現の画力がすごい。ラストP120のピアノの輪郭線など

  • レズビアンものなのかなと思ったら、ホラーだったという物語の動きの使い方がすごく上手

  • お風呂場の浴槽の形が三角形なのが気になる

  • アトピーの女の子が海老名さんに「見つけてもらえてうれしくて」というけれど、きっと海老名さんも見つけてもらいたかったんでしょうね。そしてアトピーの女の子はまだ誰にも見つけてもらえていない…(この子の名前がどこにも出てこないので)

  • コミックスに入っている投げ込み(=新刊マンガ案内などのチラシのこと)にそれぞれの表紙絵のカラーが載っている。『あつい皮膚』のカラーを見てみると、海老名さんの皮膚が真っ青で、生きている人の色ではない。そこが上手いと思った

  • P92の手を掴むシーンが本棚の隙間から見たパターンと、二人の顔を映したパターンと、手を上から映しているパターンの3コマに分けられているところが印象的

  • ある登場人物を長時間描いていて、まさかその人が幽霊だとは思わない、というミスリードが、黒沢清監督映画『叫』を思い出しました

  • 『クリーピー 偽りの隣人』という映画では、地下室に監禁され凄惨なことが起きる。そこでも、小物などで違和感を随所に配置している。『あつい皮膚』では蜘蛛の巣や三角形の浴槽などの小物で違和感を演出していて、緊張感が表現されている

『推しの肌が荒れた』

▼あらすじ
地下アイドル「真鈴ちゃん」のファンイラストがSNS でバズったマユ。マユが絵を投稿するたびに真鈴ちゃんの人気は上がっていく。1回の投稿で運命が変わった、ファンと「推し」の物語。
(引用:推しの肌が荒れた|くらげバンチより)

▼出た意見

  • 他の人を通して自分を再認識するところがあるよね

  • P186-187、P194-195など見開きが有効的に使われている

  • この作品には前日譚があり、『グループE』という同人誌に掲載されている。前日譚はSNSという媒体をうまく捉えている作品
    グループE / もぐこん|AliceBooks

  • 今回、初めて読んだが、大傑作だなと感じた。SNS上の問題と一種の芸術家物語、自分の信念を貫こうとして問題が起こってしまうことや、誰かを推すことなど複数のテーマを描いている

  • P186-187の見開きの表現はオリジナリティが高い。今後このような表現があったらもぐこん先生の引用だと思うほど

  • 今までの短編は皮膚接触があったが今回はないよね

  • アトピーのアの字もないような推しのアイドルの肌が荒れ始め、やがて自分と同じレベルになり、そんな彼女を「ありのままに」描くことにどこか倒錯した喜びを感じ…。P186-P187の見開きで彼女の絵(真鈴ちゃん)から反転したかのように土器んちゃんのニヤリとした表情が大写しになるのがおもしろかったです

  • 真鈴ちゃんの本物の皮膚には触れていなくても、絵を描くことでまりんちゃんの皮膚を作っていたのではないか

  • 「なんでみんな皮膚ばっかり見るの」というセリフには土器んちゃんも含まれるのでは

  • 偶像(アイドル)崇拝。「祈り」としての絵に「呪い」としての絵の意味合いが出始める、あの感じ。今っぽいアイドルとファンの形としても語れそうでおもしろい作品…!

  • P141「なんであんまりうれしくないんだろう」というセリフが、ファンの心理、追ってきたものが有名になったことの複雑さを描いている

  • この作品だけスピードが速いと感じた。SNSでバズった現実、現実のスピード感に合わせているのではないか

  • 一次創作(真鈴ちゃん)と二次創作(土器んちゃん)とのせめぎ合い、絡み合い。こじれもすれど結果的に良い方向に転がってくれてホッとしました(これでホラー的なオチだったら辛かった笑)

  • P221は、ハッチングで画面を暗くしていて読みづらいが、サーという擬音で読みやすくしている

  • P179-P185は、左側に絵を描いているシーンをもってきていて、その動きが面白い

  • 『ルックバック』(藤本タツキ・集英社)も同じ構図で時間だけを動かしているようなシーンがある

全体を通しての感想

  • まれにみるほどの満足度が高い一冊だった。1ページ1ページの完成度が高い、変に鬱要素やドロドロをいれたりするマンガよりも、はるかに人間の暗部を描いている

  • 全体的に暗闇が特徴的だが、ベタベタしい印象はない

  • 表現や話のテーマどれをとっても、実験的な作品だと感じた。個性的なテーマではあるけれど、どれも面白くまとめている

  • 本で読むときは右から左に読むが、Twitterで読むときは左から右に読んでいく。どちらで読んでも違和感がないのはすごい

  • 単行本のカバー折返し部分には、サンドロ・ボッティチェリ《ヴィーナスの誕生》が描かれている。そして、カバーをとった表紙がベラスケス《ラス・メニーナス》のパロディになっている

  • 最後の一枚絵は、海老名家は取り壊されて、月極駐車場になっているのではないか。絵に描かれている母娘は『あつい皮膚』に登場する名前のない女の子が成長した姿を描いているのでは?

 以上が、マンガウォッチパーティーの記録です。ちなみに時間は、16時から初めて18時17分までかかりました。一冊のマンガについてみっちり2時間も向き合うことはあまりないですが、とても深く読むことができて、楽しい体験でした。これからもマンガウォッチパーティーを開催していきたいと思います。もし興味がある方は、以下のディスコードサーバーで情報を発信していますので、参加してみてください。
新刊マンガ研究会

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