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『代替行動の臨床実践ガイド』レビュー

 夜更かし、ギャンブル、アルコール依存症、自傷行為……ダメだと分かっていても、ついついやってしまう行動は誰にでもあるのではないだろうか。『代替行動の臨床実践ガイド』(横光健吾、入江智也、田中恒彦・北大路出版)は、問題行動を減らし「望ましい行動」を増やしていくために「代替行動」に注目した手法を具体的な事例とともに紹介している。

 本書は、2022年6月20日に発売され、7月27日の時点で3刷が決まっているほどの人気書籍だ。本記事では、本書のキーワードである「代替行動」とはになにかの説明や本書の面白い点を紹介していく。

「代替行動」に注目することの強み

 本書のキーワードである「代替行動」とは何だろうか。例えば、Twitterに夢中になりすぎて生活に支障が出ているとしよう。人によっては、読書や勉強など別の行動に置き換えて、Twitterから意識をそらすことができるかもしれない。一方で、どうしてもTwitterをやめることができないから、Twitterを開く際にパスワードを設定したり、スマホからアプリを消してPCからでしか使えない状態にしたりするなど、手の届きやすいところから変えていく人もいるかもしれない。どちらも「Twitter」をやめる目的のために代わりの行動を取っている。この代わりの行動のことを「代替行動」と呼ぶ。ただし、代わりの行動にも大きく分けて2つのパターンがある。本書では代替行動を次の2パターンに定義している。

行動療法の文脈における「代替行動」・・・問題行動を減らすために身につけさせる新たな行動
行動分析学の文脈における「代替行動」・・・同じ目的(機能と呼びます)が期待できる、より受け入れられやすい行動

『代替行動の臨床実践ガイド』の「はじめに」から引用

 いずれにせよ共通することは、行動を増加させる(強化する)手続きであるということ。このことはセラピストにとってもクライエントにとってもメリットがあるとのこと。例えば、Twitterをやるのを我慢したときに記録をつけるというようなアプローチを取った場合、我慢したことが目に見えて分かる。その意味で効果的だが、うまくやらないとクライエントが強制されていると感じ、セラピストを嫌悪してしまう可能性がある。しかし、代替行動はやめさせることではなく、何かをできるようにするための支援をするもの。そのため、クライエントにとって受け入れやすく、ポジティブな効果が期待できるそうだ。

まずは睡眠日誌で記録を 夜更しへの対処法

 さて、昨今睡眠に悩む人が増えている。睡眠の質の向上が期待できる「ヤクルト1000」が「眠れる」と話題になり売り切れ続出、あまりに売れすぎて現在は新規の申し込みを休止している現象が起きているほどだ。

 睡眠問題にはさまざまな理由があるが、夜更しをして睡眠リズムが狂ってしまい、大学に通えなくなるなど生活に支障が出てしまう問題を本書では扱っている。夜更しによって生活に支障が出ている状態を概日リズム睡眠-覚醒リズム障害群の睡眠相後退型と呼び、若者に多く見られるそうだ。

 この問題を解決するためには、まず睡眠-覚醒リズムのアセスメントが欠かせないとのこと。アセスメントを実施するうえで一番簡単かつ、金銭的コストがかからない方法は、睡眠日誌をつけることだそうだ。

睡眠日誌について|国立精神・神経医療研究センター

 睡眠日誌をつけ、現在の睡眠の状態を分析したうえで代替行動へ置き換えていく。ポイントは次のとおり。

  • 入床-起床のスケジュール化

  • 日中の活動のスケジュールの確立

  • セラピストや養育者の関わり

 特に入床-起床のスケジュール化でやってしまいがちなことは、理想的な起床時間を設定してしまうこと。このとき大切なのは、クライエントの体内時計に合わせた起床時間を設定することだそうだ。まずは覚醒可能な時刻に起床時刻を設定し、1週間単位で徐々に起床時刻を早くしていくことが理想的だそう。

ギャンブル依存症の場合は代替行動を取り入れるタイミングが重要

 本書では、第4章でパチンコや競馬などギャンブル行動の度が行き過ぎて、生活に支障が出てしまう問題についても触れている。本章で面白いと感じた点を紹介する。

 ギャンブルに時間とお金を費やし困っている人ほど、ギャンブルの代わりとなる行動を身につけることが大事だと思いがちだが、意外にも初期では代替行動には触れないことが大切だという。

しかしギャンブル障害では、ギャンブルに取って代わる行動を身につけることは治療が進んできた後で、具体的には「ギャンブルをしない日が多くなってきた時点」から取り組み始めることがより効果的です。

『代替行動の臨床実践ガイド』P57から引用

 では、なぜ治療初期に代替行動を身につけることが適切ではないのだろうか。著者は次のように説明している。

その理由は、ギャンブルの問題に直面している人たちの脳機能的な特徴に由来します。実は、ギャンブルの問題に直面している人たちにおいては、ギャンブル歴が長ければ長いほど、自分自身が行っているギャンブルにしか興奮しなくなってしまうことがわかっています。……(中略)あわせて、ギャンブル障害は「興奮」だけでなく、「喜怒哀楽」といった感情も抱きにくくさせます。このような特徴は、ギャンブル以外の活動として支援者から勧められた適応的な活動に取り組んだとしても、「(スポーツ後に)汗を流して気持ちいなぁ」「(映画を見た後に)感動したし、映像や音楽も素晴らしかったなぁ」「(読書をした後に)感慨深い気持ちになるなぁ」といった一般的にはポジティブな活動に対してもたらされる感情や興奮が、ギャンブルの問題に直面している人たちには感じられない可能性があることを示しています。つまり、頑張って取り組んだとしても、そこにメリットが伴わないため、その代替行動を定着させることが難しいのです。

『代替行動の臨床実践ガイド』P58から引用

 それでは、どのように対処していけばいいのだろうか。本書では、まずギャンブルにつながる刺激を避けるような生活スタイルを送ることを推奨している。セラピストは、ギャンブルに関する情報を聞き取り、ギャンブル心を刺激するような行動を取り除くことができる場合は、クライエントと一緒に対処する方法(コーピング)や取り除く方法(刺激統制法)を考えていく。このときクライエントが「ふとギャンブルのことが頭をよぎって……」と言った場合に、本当に何の外的な要因もなくギャンブルに関する考えが頭をよぎったのか疑うことが重要だとのこと。

 本章で紹介されている対策は、ギャンブルだけでなくSNS依存症にも応用できるように感じた。

おわりに

 本書では、他にも気分の波や飲酒、問題のある性的行動、中高生のゲーム問題など多種多様な問題に触れている。セラピストだけでなく、現在困っている人が読んでも参考になる構成になっている。本書ではやめたい行動を望ましい行動に変えていく方法を紹介しているが、逆に望ましい行動を継続させるための習慣化にも使えそうだと感じた。また、睡眠にしろ、ギャンブルにしろ、まずは記録やモニタリングを取り入れていて、その重要性にも注目したい。

 最後に一点疑問に思ったことについて触れておく。筆者は、少し前まで不眠による過食傾向にあったのだが、代替行動に目を向けることで過食を防ぐことができるのではないかと本書を読んで考えた。しかし、本書には摂食障害への言及がなかったため、摂食障害にはあまり向かないのだろうか、と疑問に思っている。

 また、本記事の執筆には十分に配慮したつもりですが、もし間違いなどがあれば指摘してくださると幸いです。

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