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トランスフォーマティブ・トラベルってなに?

コロナ禍によって海外旅行への門戸が閉ざされ、マイクロツーリズムやサステイナブルツーリズムへの関心が高まっている。地域の文化や歴史といった「無形の価値」に触れることで私たちは何を得ることができるのだろうか。

外務省勤務時代に、100カ国以上もの国を訪れ、仕事をしてきた経験を持つ、ORIGINAL Inc.のシニアコンサルタント 高橋政司が、今話題のインバウンド用語をピックアップし、世界目線で詳しく、やさしく解説する本連載。

第14回では『トランスフォーマティブ・トラベル(Transformative Travel)』について取りあげる。世界目線チームの若手筆頭、ヒナタが素朴な疑問をぶつけてみた。


ーートランスフォーマティブ・トラベルとはどのような旅なのでしょうか

「非常に奥行きのあるトピックですが、平易に表現すると、旅で得た発見やインスピレーションを自身の日常生活に取り入れ、人生をより豊かにすることです。

良い事例があります。マーク・ザッカーバーグはFacebookを創業して間もないころ、困難に直面し、スティーブ・ジョブズに会いに行ったそうです。そこでスティーブはマークに、インドのとある寺院を訪れるようにアドバイスしました。そこはアップルを創業して間もないスティーブが、未来のビジョンを思い描いていた頃に訪れた寺院だったのです。

マークはその寺院を訪れ、1ヶ月近くかけてインドを旅して周り、人々が繋がっている様子を目の当たりにし、Facebookのミッションの重要性を再確認したそうです。ジョブズに会うまで、おそらくマークはこの一連のプロセスを予想していなかったことでしょう。

このようなひょんなきっかけで舞い降りてくるAha Moment(ひらめきの瞬間)は枚挙にいとまがなく、古くはニュートンがリンゴが落ちる様子を見て『万有引力の法則』を発見したり、最近だとノーベル賞を受賞した山中伸弥教授がシャワーを浴びている時にふとアイディアがよぎり、それが後年のiPS細胞の開発に結びついたと言われています。

このように、ぼんやりしている時ほど脳が活性化する現象が確かに存在し、科学的にも検証されているんです。

ですから、『人生を変えよう』と前のめりになるのではなく、むしろ直感的に『ここに行きたい!』と思えたタイミングを大事にし、旅に出てみることをお勧めします。

旅先でもなるべく成り行きとフィーリングに任せ、緻密な計画は立てずに、1人か、せいぜい2、3人で行くのがいいでしょう。トランスフォーマティブ・トラベルは自己の内面と向き合う旅なので、内省に浸るゆとりを持ち、旅先のセレンディピティ(思いがけない幸運な発見)を楽しんでみてください


ーー日本にもそういった体験をできる場所はあるでしょうか

「もちろんあります。そしてそのような場所を訪れる際は、知識があるとよりいっそう深みのある体験ができると思います。例えば、福岡県の宗像には沖ノ島という、『神宿る島』(注1)として世界遺産に登録されている絶海の孤島があります。

沖ノ島は原則として神職を除き入島できませんが、宗像から船で沖ノ島へ向かう途中に大島という島があります。この大島から沖ノ島に向けて夜に船を出すと、月の明かりが玄界灘を照らし、まるで海面に光の道ができているかのような幻想的な景色をみることができます。

6世紀には、遣唐使や遣隋使もこの同じ月の道を見ながら船旅をしていました。21世紀を生きる私たちもまた彼らと同じ景色を眺めているのだと思うと、美しいだけでない深淵な体験になります

これこそが『無形の価値』でありマイクロツーリズムやサステイナブルツーリズムなどポストコロナの観光において重要なポイントになるのではないかと私は考えています」

(注1)
8世紀前半に成立した日本最古の歴史書である『古事記』『日本書紀』には、天照大神の3人の御子(みこ)である女神が、沖津宮(沖ノ島)、中津宮(大島)、辺津宮(宗像大社)に降臨し、これらの地に宗像三女神を祀(まつ)ったと記されている。


ーー日本のインバウンドにおいても有効なコンセプトなのでしょうか

「はい、というのもこのトランスフォーマティブ・トラベルは富裕層観光とも非常に親和性が高いんです。2018年にUNWTO(世界観光機関)が発表した資料によると、全世界のアウトバウンド観光者数の約半数が欧州、そこに米国、オーストラリアを足すと、その割合は約70パーセントにもなります。

そして現時点で富裕層が最も多いのが欧米なんです。しかしJTB総合研究所が発表した『インバウンド 訪日外国人動向』をみると2019年の国別訪日外国人数において、欧州が占める比率は6.2パーセント、北米が6.9パーセントで、これら二つを合わせても13.1パーセントという状況で、先ほどの全世界のアウトバウンドの状況と照らし合わせると非常にバランスの悪い結果になっています。

その一方で、2018年における訪日観光客数の80パーセントがアジア人でした。確かにアジアは中国を中心に、今最も勢いのあるマーケットですし、将来的にはさらに大きくなることが予測されていますが、欧米のマーケットへのアプローチがおざなりになっている状況は改善した方がいいでしょう。

そして、この欧米の富裕層が一体どういった人たちなのかその生態を知ることも大切です。ラグジュアリー・コンサルタントの山田理恵氏は自著『グローバルエリートが目指すハイエンドトラベル』で、アメリカ人は超富裕層も多く、時間の使い方が上手で、ヨーロッパの人は知的好奇心が強く、異文化への関心も高く、歴史的にも『食』の本質を理解できている人たちであると指摘しています。

このような人たちこそ、価値ある体験にしっかりとお金をかけるのです。受け入れる側は、『演出』にならないよう注意はしつつ、トランスフォーマティブな体験を自然に促すような体制が整っていると良いでしょう。

ここで誤解を招かないように言わせもらうと、『無形の価値』である以上、お金をかければいいということではないんです。学生時代に行くような、予算が限られた中での旅行でも人生を変えるような体験は起こりますし、身に覚えがある人も多いのではないでしょうか。

大切なのはその『無形の価値』に気づく、豊かな感性と知識だと思います。そして、そこにこそこれからの日本のインバウンド、観光業を盛り上げていくヒントがあるのではないでしょうか」

高橋政司
ORIGINAL Inc. 執行役員 シニアコンサルタント1989年 外務省入省。日本大使館、総領事館において、主に日本を海外に紹介する文化・広報、日系企業支援などを担当。2009年以降、UNESCO業務を担当。「世界文化遺産」「世界自然遺産」「世界無形文化遺産」など様々な遺産の登録に携わる。2018年10月より現職。2019年、観光庁最先端観光コンテンツ インキュベーター事業専属有識者。2020年、宗像環境国際会議 実行委員会アドバイザー、伊勢TOKOWAKA協議会委員。

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