見出し画像

一日四メートル、前へすすもう


 梅雨のある晩、ごはんのあとふとデスク横の窓をみたら、大きなナメクジがひっついていた。つい先日散歩道で今年初めてのカタツムリをみつけたところでもあり、季節の移ろいにわくわくした。

 デスクライトをそおっとあて、観察してみる。ぬめぬめしている。白い。中身が透けてみえそうなほど、むきだしだ。

 Yが「ナメクジって、カタツムリの進化系なんだよ」と言った。へえ、逆じゃないのか。進化して殻を得たのでなく、捨てた。殻なんて邪魔だぜ、生身のむき身でいくんだぜ、ということか。

 たしかに殻がないほうが身軽で、狭い隙間もするりと通れるし、身の危険を察知したら隠れやすそうだ。守るものがないというか、持ち家の維持費や税金もかからず、ひょうひょうと生きていられる。無防備で弱そうにみえて、じつは強い生きものなのかもしれない。

 じっさいナメクジは皮膚がむきだしで傷つきやすいため、皮膚から粘着質の液体を出し、そのうえを歩くことで皮膚を守っているらしい。むき身ならむき身らしく、自分をしっかり守って生きていく術を身につけているのだ。

 私は、一見なにも持っていないし無防備だしで、ナメクジに似ているが、魔法の液体を出せたことはいちどもなく、いまだに生身をスースー、ヒリヒリいわせながらあちこち這っては傷を作って生きている。まるで殻のないカタツムリだ。魔法の液体はまだ出せないのに、なにかの手違いで、殻をまるごとわすれて生まれてきた。

 でも。

 ナメクジが、さっきより少しだけ上に移動している。
 
 私がうっかりむき身のまま生まれたのは、自分で魔法の液体をみつけてナメクジになる冒険のためかもしれない。

 ナメクジが一日に歩く距離は4メートルほどらしい。たったそれだけ、と思うが、かれらの平均身長が這っているときで10センチだとすると、157センチの私が6キロと少し歩く距離。1時間半ほどの散歩だ。決してすくなくない距離を、魔法の液体をだしながら日々進んでいる。

 その4メートルが、かれらの一日一生だ。

 私のそれは、日記を書くこと。今日も生きた。それをひたすら書いていく。それくらいのことしかできないのに、日記を書くとなぜかほんのすこしだけ生きやすくなる。魔法の液体を手に入れられそうな気がしてくる。

 日記は私をたしかに4メートル、一日分前へ運んでいく。つづけていればきっと想像していなかったところまでいけるかもしれない。




お読みいただきありがとうございました。 日記やエッセイの内容をまとめて書籍化する予定です。 サポートいただいた金額はそのための費用にさせていただきます。