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【エッセイ】 蕎麦呑みの名店

 BS–TBSの『町中華で飲ろうぜ』を、前番組の延長で見るともなく見てしまう。高級中華料理店ではない素朴な店構えとお料理に、行ってみたい気持になる。  
 最近は「町蕎麦」「町鮨」と「町」のついた新語が増え、『dancyu』 では22年12月号でそれを取り上げていた。『町中華で飲ろうぜ』は中華を食べながらお酒を飲む番組だが、この『dancyu』でも今年の9月号で「蕎麦呑みの名店」と特集した。
 蕎麦好きで、たまにふらっとお店に入って「もり」をいただいてさっと出てくる。しかし、居酒屋とか一杯飲み屋とかでなく、蕎麦屋でお酒を飲むのは “粋だ” とか、蕎麦屋でお酒を飲む習慣は江戸時代に始まったものとかいわれると、たまにはそんなことをやってみようかなって思う。もちろん日本酒で!
 ずいぶん前にテレビ番組で、林家正蔵さんが蕎麦屋で呑む楽しみをお話になっていた。「ぬき」を肴にお酒を吞むのが好きとおっしゃっていた。気をつけてなかったが、行きつけのお店のメニューにもあっただろうか? 私は知らなかった。「ぬき」とは、そばを入れず具と汁だけがどんぶりに入ったもの。例えば、天ぷらそばのそばを抜いて、タネの天ぷらと汁だけを残したものを「天ぬき」または「天すい」という。
 えー、そんなのってかっこいいじゃない!

dancyu「蕎麦呑みの名店」

 ここしばらく、お蕎麦を食べたくなっていた。“年越し蕎麦” というわけでなく、一足早く仕事納めをしたし、ホッとしたい気分があって、今夜はお蕎麦を食べに行こうと思った。こんなタイミング、いつもならケーキとコーヒーだけど、「今日はお蕎麦」。16時を過ぎて、日が沈んでいくのを眺めていたら、「よし。ちょっと呑もう!」とも思った。

翁庵(台東区東上野)
翁庵

 お店に着くと10人ほどが並んでいて、「えっ? 17時前なのに」と思いながら、後ろに並んだ。その中に5人の外国人観光客がいて、「どうぞどうぞ、日本のお蕎麦を楽しんで帰ってください」と思ったが、彼らは待ちかねたのか、途中で列から離れていった。せっかくおいしいお店なのに、残念…   
 このお店は、最初に入口すぐのレジで食券を買う。普段、お蕎麦だけいただくので、お酒や肴はどんなものがあるか気をつけたことがない。お酒は冷酒にしたが、つまみは「何がおすすめですか?」と聞いた。「板わさか、油揚甘辛煮が人気ですよ」とおっしゃるので、かまぼこより油揚甘辛煮の方が手が込んでいるように思い、それにした。そして、お蕎麦は「もり」。

厚揚甘辛煮(わさびがついてきた)

 並んでいたときに前にいらした紳士と相席になった。60前後かなという感じ、服装はカジュアルだけどが品がある紳士だった。彼は「鴨せいろ」を頼んでいた。「鴨せいろ」はこのお店の看板商品である。
 背中に円卓(正確にいうと正方形なので円ではなく、一辺に3名ほどが座れる)があって、そこで仕事帰りのグループが吞んでいた。今日は12月28日、一年の打ち上げっぽい雰囲気。それが騒がしかった。すぐ背に座っていた方は、かなり酔っていて声が大きい。それに対し「まあまあ、~さん!」と同じようなボリュームが続く。そんな呑み方をするなら、蕎麦屋でなくていいんじゃない? と思ったが、一年の打ち上げということで、楽しんでいらっしゃるなら「まあいいか…」とも思った。
 相席の紳士が食べ終わった。去り際に「お先します。相席失礼しました。」とおっしゃって、そんなひとことも素敵だった。
 後ろの盛り上がり隊も席を立つらしい。「管理職は○○円、それ以外は△△円ね」と割り勘の金額までお店に響いている。年末に免じて微笑ましく斜に見ていたら、その中のひとりが「うるさくしてすみませんでした」と私にあいさつしてくれた。こんな気配りがひとりでもいると、グループの免罪符になるように思う。
 「お蕎麦はあとにしますか?」とお店の方におっしゃっていただいて、弱い私が1合で酔っぱらったところに、「もり」が来た。

もり

 相席の紳士がいなくなって、見晴らしのよくなった向こうには、白髪のご婦人が、お友だちとお話をしながらお蕎麦を召し上がっている。凛としていた。様子も白髪のショートヘアもジュディ・デンチ(英 俳優)のようでカッコよかった。年齢を積んだら、あんな風になりたい。

翁庵の店内

 お料理の味はもちろんだが、名店には名店なりの所以がある。いい感じのお客さんが集うような気がして心地いい。私もそんないい感じのひとりでありたい。 

(2023年12月28日)


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