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令和の迎え方と子供たちの話

平成から令和に。元号の変わり目をどのように過ごすかということで、なんとなく友達と自転車で太宰府に行って、セルフでカウントダウン。

その後、ファミレスで時間を潰して明け方からDAZNでチャンピオンズリーグを見て、朝方に帰宅。

これは、高校3年生の長男の話です。

私はというと、自宅でワインをあけはじめて、いつのまにか地面に転がっていました。

父がこのような体たらくで、かつ教育方針は徹底的に許容と放任なので、各々好き勝手に立派に育ちたいように育っています。

長男

親がだらしないし、ジェットコースターのような人生を歩むので、彼がしっかりしないと家庭が成り立たなかったのです。
その結果、17歳にして料理洗濯掃除子供の面倒見るなど全ての家事を当たり前にこなせる人間になっています。
私は彼に効率化の考え方とKPI思考を伝授したところ、それを見事に活かしており、家で勉強している姿はほとんど見かけたことがないですが、県立トップ校で成績トップ10から落ちたことはないそうです。
「高校生で他に具体的にイメージできる職業がない」という理由で医者を目指しており、「現役で行ける国公立の医学部に行く」そうです。
30くらいでモテすぎて死ぬんじゃないかと思います。

長女

私の母方の家系は芸術家系なのですが、その遺伝子は全て彼女が引き継いだようです。
絵が得意で、好きです。
いわゆる不登校で、中2なんですがおそらくもう学校には行けないと思います。
日本も個性が認められ、生きたいように生きられるフェアな社会、フェアな時代でよかったなと思います。
気がつくとLINEのタイムラインに死にたいと書いちゃう子ですが、もう少し大きくなったら、彼女の生きる道を一緒に見つけてあげたいなと思います。
未来はとてもとても開かれていることを知ってほしい。

次男

運動神経がよく、2足歩行できるようになる前にキッチンのシンクに自力でよじ登った伝説を持つ男です。
サッカーボールを与えておいたところまんまとサッカー好きになり、福岡市内ではおそらくNO.1のセンターバックになりました。
あえてディフェンダーを選んだところは戦略です。足元の技術がそんなにうまくなかったのと、ディフェンダーならあまり競争なく試合出場機会で苦労しないと思ったからです。
小学生で本格的にディフェンスを学ばせてもらえるクラブに出会えたのもラッキーでした。(実はこれはヨーロッパと日本のジュニア育成の最大の違いで、たぶん日本がもう一つ上のステージに行けない最大の要因だと思います。またいつか別noteで。)
プレス、ボール奪取、ラインコントロールを相手の特性とシーンに応じて的確に執行できる小学生はなかなかいません。
玄人受けするプレイヤーになりました。よく大会でMVPの称号をもってかえってきます。
再来年からは、スペイン留学の予定です。
お金どうするんだろう。。。

三男、四男

可愛い盛りで、この子たちはまだ何者になりそうかさっぱりわかりません。きっと兄ちゃん姉ちゃんたちと同じように得意な何かを見つけて勝手に立派に育ってくれることでしょう。
私は親として本来教えるべきことがだいぶ欠落してるので、自分のできる範囲で、彼らの役に立ちそうな知識を伝わりそうなタイミングで伝えようと思います。

うちの子供たちが常識に欠けて、誰かに迷惑をかけることがあれば、それは躾ができなかった私のせいなのでごめんなさい。

令和が、良い時代になりますように。

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