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九州でHIV/エイズは「急増」してない?

今朝も寝ぼけながら、日本のニュースサイトをチェックしていて「はあ!?!」と飛び起きました。西日本新聞の記事で、「九州でエイズ感染急増」で危機的状況だ、という内容。新聞に書かれた記事にはあまり間違いがないと思いがちな単純な私ではありますが、(一応エイズ対策は専門なので)これだけは間違いだよと断言できます。

なぜか。

日本のHIV/エイズに関するデータは、今現在の感染状況・現状を映し出すものではないから。

日本のHIV/エイズ発生動向調査のデータを見るだけでは、その年に初めてHIV感染が分かった人の数しか示しておらず、いつ感染が起こったかはわかりようがないのです。なぜなら、HIV感染者がエイズを発症するまでのいわゆる潜伏期間は7~10年と長く、その長い潜伏期間の間のどこで検査を受けても陽性か陰性かの違いしか出ないので、今感染が増えているか否かは、日本のような報告ベースでの動向調査ではわかりえないのです。
(注:アフリカなどで新規発生件数の推計値を出しているのは、産前検診でのセンチネルサーベイランスや、人口動態調査に血液検査を含める一般世帯サンプル調査などで、感染者数や新規感染者数を数値モデル化したものです。報告ベースのデータを基にした推計値ではありません。)

そして今回の記事をよく読むと、「急増している」という福岡では、92名の新規報告者のうち半分の46人がエイズ発症済みで、いわゆる「いきなりエイズ患者」と言われる、自らの感染を知らずに長い潜伏期間を過ごしてしまい、エイズ関連の感染症などで病院に行ってみて初めてHIV感染を知ったというケース。つまり、この人たちが感染したのは、今ではなくて7~10年前のことであって、今、新規感染がぐっと増えているわけではありません。そしてこちらも46人と多いHIV感染者の新規報告数も、感染がいつだったかはわからないけれど、たまたま(あるいは性的なパートナーのエイズ発症を受けて)今年検査を受けてみたら、陽性であると発覚しただけかもしれないのです。

さらに、予防啓発活動の不十分さがHIV感染者報告数の増加の一因と書かれているものの、もしかしたら局所的にすごく啓発活動が上手くいって、検査を受けた人たちが増えたからこそ報告数が増えた可能性もあるのです。なので、短絡的に「報告数が増えた→エイズ感染が増えている→その原因は予防啓発がちゃんとできていないからだ」という図式で考えるのは大間違い。感染者の多いアジアとの往来が増えて、というのも感染しているHIVのウイルスタイプで判断しているとは思えない増加理由なので、これもミスリーディングと言うしかありません。

いずれにしてもHIV/エイズという予防可能な疾患に対し、予防をできるだけしないといけないというメッセージはいつだって大切なものの、感染者動向調査のデータを間違った解釈で「感染急増」と結論づけるのはいかがなものか、という記事でがっかりしてしまいました。周りにジャーナリストも多く、新聞記者たちが頑張って勉強して記事を書いているのも知っているし、引用している専門家の説明も決して間違いではないけれど、こう言った勘違い結論の記事は残念な限りです。

ああ、熱くなってしまいました。
10年ほどやってきたエイズ対策のことになると、どうしてもうるさいほど必死になる自分がいます。きちんと自分のリスクを理解して、きちんとHIV感染を予防して欲しいという一言に尽きます。。。