裏1

『秘すれば花なり』デザイナーズノート

はじめに

ゲームマーケット2020大阪に初出展し『秘すれば花なり』というゲームを頒布する予定だったが、残念ながら開催自体が中止となった。心境を語るに代えて、このゲームの制作に取り組んできたプロセス・考え方を書き記す。

伝統芸能というテーマの選定

筆者は大学時代に能楽部に4年間在籍し伝統芸能を嗜む活動に取り組んできた。鑑賞だけではなく能楽師の指導の下、実際に装束を着付けて舞や謡、舞台づくりまでも経験することができた。このことから能楽の世界を広く知ってもらいたいという思いが募り、筆者が好きなボードゲームという形で表現できないかというアイデアに至った。

『秘すれば花なり』ではスート(色)が5種類あり、脇能物(わきのうもの)、修羅物(しゅらもの)、鬘物(かずらもの)、雑能物(ざつのうもの)、切能物(きりのうもの)と呼ばれる実際の能楽の謡曲の種類にそれぞれ対応させている。能楽師であるプレイヤーが稽古を重ねていき、前述の曲種の順で演能の評価を行っていくという、二つのフェーズに分ける構想は当初からあった。
画像1

能楽では主役となる登場人物は面を付けており表情を見せない。鬼の力強さを、恋の苦しみを、平家武者の無念さを舞と謡で表現する。このゲームを制作するにあたってはテキストたっぷりのTCGライクなゲームではなく、トランプに寄せた数字を主に用いたゲームにしたいという思いはここにあった。ランクの範囲を1~12としたのは、2人から4人をプレイ人数対象とした場合、5スート種×12枚=60枚であればどのプレイ人数でも割り切れるため配分や終了条件などで調整しやすいと考えたためである。

この後、稽古を重ねるという表現部分と点数配分の評価部分について構想を練っていった。

カードの積み重ねによる稽古の表現

カードを昇順で重ねていくことで稽古を表現する考え方はライナー・クニツィア氏のロストシティ(1999年~)やケルト(2008年~)に着想を得ている。冒険への投資とは違い『秘すれば花なり』では稽古に掛けた時間や労力がマイナス点となるリスクをプレイヤーは犯さない。これら昇順で数値を積み上げていくゲームのネガティブな点は、カードを重ねることができなくなっていくことによる陳腐化である。そこで考えたのがカードを裏面で重ねることでワイルドカードとすること。ただ、裏面でカードを出すことを単に表面でカード出せなくなった際の"しゃがむ"アクションとはしたくない。そのために、ゲームに慣れてきたプレイヤー用に拡張ルールを用意した。この拡張ルールでは裏面の枚数による追加点を得ることが出来る。

12ラウンドかけて各プレイヤーの場に12枚のカードを出すことにもこだわったが、これは一年間(12ヶ月)を通して長い年月での準備期間を要するという意味も込めている。

"序" "破" "急" 基本動作への評価

能楽の芸術論に"序破急"という言葉がある。これは一にして全ともいえる基本的な考え方である。ゆっくりとした動きから始まり、だんだんとノッていく。能楽における舞も謡も物語の流れもこの考えを通して構築される。『秘すれば花なり』では、これらの評価点の取得方法について、「早熟」と「晩成」という考え方で方向づけている。序盤に高ランクの数値を重ねていくことで早い者勝ちで取得する"急"の評価点に対し、演能フェーズで同枚数の場合に低ランクを優先する"序"の評価点という具合である。合計値による特殊アクションも相まって低ランクと高ランクの数値の差によってカード優劣を平準化したい狙いがここにあった。特殊アクションは2枚もしくは3枚の数値の合計値の確立分布に基づいて候補を挙げ、条件を調整しながらテストプレイを重ね定義した。
画像2

演能フェーズでは、点数に重み付けをした"序"の評価点と、全スート一律とした"破"の評価点を用意し、前スートによる評価影響を後スートが受ける評価方法を採用したが、これは、天下鳴動(77spiele、2017年~)に着想を得ている。重み付けの点数配分は等差数列や等比数列などさまざまな増加パターンをテストプレイしたが、フィボナッチ数列による増加がスート優劣をより平準化できると評価できたため定義するに至った。

"秘すれば花なり" の意味

"秘すれば花なり"という言葉には続きがある。

秘すれば花なり。
秘せずば花なるべからずー。

これは観世流の祖として能楽を大成した世阿弥が自身の芸術を後世に伝えるべく残した「風姿花伝」の一節である。秘めるからこそ花になる。日本人の美徳観のなかには己をひけらかさないということや、人知れず努力を重ねるといった考え方がある。『秘すれば花なり』ではカードを裏面で出すことや、特殊アクションにより任意のプレイヤーのカードを裏面にすることが出来る。拡張ルールの採用時には、稽古フェーズ終了時に初手カードを裏返し"花"という評価カードにもなる。カード表面を出さないという選択を選ぶことでゲーム中での評価に影響を与えるようにしたいという思いからこのようなゲームデザインとした。

おわりに

『秘すれば花なり』は、ワイワイと盛り上がりながら遊ぶ種類のパーティーゲームではなく、序盤から中盤、もしかしたら終盤に至るまで黙々と最善手を探りながらのプレイを続けることになるかもしれない。それでもこの記事を読んでみて興味がわいた読者がいたとしたら、『秘すれば花なり』を拡張ルールも含めてぜひ試してみてほしい。