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登山の体温管理における失敗談①低体温症

2023年10月の第1週は、山の天気が話題になった週である。涸沢に紅葉を撮りに行った人が、白い山肌を撮っていた。

10月6,7日には、栃木の朝日岳で計4人が亡くなる遭難が起きた。そのうち少なくとも1人は「低体温症で動けない」状況だったようだ。

登山をしていると「夏山でも低体温になる」という話を聞く。実際に死者も出ており、今回の栃木の朝日岳もそうだし、過去の北海道のトムラウシ山でもそうだ。

ただ、少なくとも私は、知識だけでは実感できなかった。具体的に何を準備したらいいのかわからなかった。実際の現場で、何をしたらいいのかわからなかった。

下記に記すのは、私にとって初めての山脈縦走であり、初めての北アルプス登山であり、初めて夏山で低体温症になりかけた経験である。

登山における体温管理という観点で、私の失敗談を話そうと思う。これから登山をする人にとって、参考になれば幸いである。

北アルプス:野口五郎岳〜水晶小屋、低体温症

  • 季節は7月

  • その日の行程は、烏帽子小屋から水晶小屋。調子が良ければ水晶岳までピストンする予定。

  • 天気予報は、晴れ・曇りのち雨

私は、雨が降る前に水晶岳まで行こうとした。朝に烏帽子小屋(テント泊)を出て、最高の稜線を堪能しながら歩いた。気温も高かったので、昼には服装を完全に夏用に切り替えて、上はタンクトップで、下はカーゴパンツを膝まで捲り上げていた。

野口五郎岳までの稜線

野口五郎小屋を出たあたりで雲が濃くなり、気温が低くなったのを感じた。ズボンの長さを戻して、両足をくるぶしまで覆った。ポツポツ雨は降っていたが、雨がたくさん降る前に水晶小屋まで辿り着こうと思って、スピードを上げた。その時にはガスも濃くて展望もなかった。

岩場に差しかかると、だんだんと雨が強く降ってきた。

しかし私は、「すぐに降りやむんじゃないか? さっきまでも降ったりやんだりだったし」と思って、雨具の上着だけをザックから取り出して着た。下半身については雨具をつけない代わりに、足を速めた。それでも雨はやまず、強さを増した。

失敗①:ズボンが肌に貼りついて、冷たい

私はズボンに雨が浸透していくのを感じた。「一応撥水だから、大丈夫」と思っていたが、そうも言っていられなくなってきた。太ももに生地が張り付いて、少し風が吹いただけで「冷たい」と感じるようになった。もともと外気が冷えはじめている中で、両のふとももが冷たいという状況は、「大丈夫」と自分に言い聞かせられる範囲を超えた。

すぐに辺りを見渡して、大きな岩の影を見つけ、ザックを放り込み、上体をかがませて雨が吹き込まないようにした。足を止めると、いよいよ寒いことに気づいた。歯をガタガタ言わせながら、ザックに手を突っ込み、一番下に押し込めた雨具のズボンを取り出した。

すぐにカーゴパンツを脱ぎ、雨具のズボンを直接着た。下半身の中間着を取り出そうとも思ったが、ザックの真ん中付近で、防水パックの中にあった。取り出す手間を惜しんで、とりあえずは雨具を直接着た。

張り付いていたズボンを脱いだことで、一気に冷たさを感じなくなった。雨具は防水かつ3重構造なので、最低限のズボンとして機能した。生き残った……と安堵しつつ、いま着替える判断をしなかったら命にかかわっただろうと理解した。

失敗②:手袋がなくて、寒い

それ以降も雨が強まり、風も出てきた。岩場では手を使わざるを得なかったが、「夏山だし手袋はいらないだろう」と思って、手袋を持ってこなかった。ひんやりする岩を掴みながら進んでいくうちに、今度は手も寒くなってきた。

幸いなことにザックに手拭いを備え付けていたので、手拭いを手に巻くことで寒さを和らげようとした。この試みは成功した。ただし手拭いは一本だけだった。片手は寒くなくなったが、もう一方は寒く、早く岩場を抜けようと急いだ。

失敗③:カロリーが足りなくて、寒い

急いでいるうちに呼吸が足りなくなり、苦しさに何度も立ち止まらざるを得なくなってきた。立ち止まると、すぐに寒さが身を包んだ。そのためまとまった休憩を取れなかった。やがて目の前に長い登り道が現れ、どこかで休憩する必要を感じた。呼吸だけでなく、食料を取ることも忘れていた。補給なしに登れる気もしなかった。補給なしに体温を保てる気もしなかった。

雨はやまず、風も強かった。せいぜいハイマツがあるくらいで、どこにも身を隠す場所がなかった。どうしたら休めるか、頭を絞った。

テントがある、と思った。テントを立てるのは面倒だが、天幕のチャックを開け、頭から被るだけなら簡単だ。そうすれば、雨と風をシャットダウンして、ザックの中を開けて食料を取り出す暇ができるのではないか。

少し広まった場所の端で、テントを被る作戦を試した。成功した。雨はテントで弾かれ、風も直接には当たらなくなった。内部にスペースが生まれ、ザックを広げても大丈夫だった。

私はまとまった休憩を取れた。高カロリーのスナックを食べた。高カロリーの水を飲んだ。スマホの電源を入れ、残りの行程と天気を調べた。なんとか水晶小屋にたどり着けそうなことを確認した。水晶岳へのピストンは諦めた。このまま誰もいない稜線で死ぬことはない、という確信が生まれてホッとした。

テントを被る副次的な効果として、内部が暖かくなっていたのを感じた。手に息を吹きかけて温めた。休憩で身体が冷えきる前に、テントをしまって、また歩き出した。

目の前のピークを越え、さらには水晶小屋までの砂の登り坂を登りきり、小屋についた。雨具に着いた雨を振り落とすのもそこそこに、小屋に入り込んだ。生きている人が出迎えてくれて、ああ、生き残ったと思った。

振り返り

後から考えれば、さほど激しくない雨だったし、それほど強い風だったわけではない。ただし、そこそこの雨と風が5時間くらいずっと続いていた。私は北アルプスの稜線で、それにさらされ続けた。

逃げる場所のない稜線で風雨にさらされること。このことに対する実感がなかったことだった。

里に下りてから、下記を改善した。
着続けられる断熱着、防水手袋、蒸れない雨具、必要なものをすぐ取り出せるパッキング

とくにミレーのアミアミ肌着(上下)は、かなり幅広く体温管理の課題を解決してくれる。手放せない逸品である。

https://www.millet.jp/drynamic/

サポート金額よりも、サポートメッセージがありがたいんだと気づきました。 読んでいただいて、ありがとうございました。