肩が消えた

昨日、肩がスコーンと消え去った。

ほんの数瞬前まで、そこにあった肩が、きれいになくなった。

「俺は肩だぞ!」と主張していた筋肉のこわばりや骨のゴツゴツ感が消え去ったのである。内部の身体感覚として、肩の存在を捉えられなかった。

もちろん、物理的になくなったわけではない。触ってみると、肩の部分にちゃんと肩はある。異常にやわらかくて、いつもの肩ではなかったけれど。骨があることを確認しなければ、肩だとは気づけない。

急いで感触を確認した。肩から先の骨が抜けて、腕はゴムのようだった。水のたっぷり入った革が両脇にぶらさがっている。

試しに身体をゆさゆさ振ってみると、腕は不規則に揺れた。いままでの脱力とは、まるっきり違う揺れ方だ。ぼくは興奮して、肩がなくなった状況を楽しんだ。

これこそ、合気道を始めてからずっと追い求めてきた感覚だ。

武道をやっていると、「肩の力を抜いて」という指導がよくなされる。肩の力を抜くってなんだよ、と思う。どうやって腕を支えればいいんだ。

すこし考えた指導者は、「腕を支えるのは、胸・わき腹・背中の筋肉だよ」という。ぼくらはなるほどと頷いて、やってみようとする。数ヵ月やるとそれなりにできるから、まあこんなもんかな、と思う。肩は下がってるし、まあいいだろうと。

でもそうじゃない。肩の力をどう逃がすかと考えている時点で、何かを誤解している。

肩が消えた状態は、いままでの延長線上にはない。上体すべてから、力が消え去った感じである。両腕がだらりと降りていれば、力を感じることはない。完璧な「静」である。

しかし完全に力が入っていなければ、ぼくは倒れてしまう。つまりこの状態は、体幹のみに力が入っている状態だと言える。背骨の周辺にのみ、力が働いている。直立する動きは、無意識の無意識でやっている。だから、ぼくの意識からは、筋肉の動きが消え去っている。

完全なゼロの状態である。

ためしに身体を開いてみる。右半身、左半身。完璧な開きをしている。背骨を中心に、パッと開く。回転しているのではない。右半身を前に、左半身を後ろにすると、右半身になる。骨盤から上が一瞬で入れ替わり、一瞬遅れて下半身が付いてくる。

なんだこれは。

いままでは、動きに雑味があった。こんなに簡単にいかない。ズズッとすれたり、腕が障害になったり、それを感じるから自然と力が入ったりしていた。理想の動きじゃない、という感覚があった。

でも、いまの身体は、理想に近い。2週間くらい維持すれば、技のレベルが格段に上がるという実感がある。

この感覚を得ると、以前の身体には戻れない。無駄な力で自分自身を縛っていたことがわかる。動きにくい身体で頑張っていた。アホである。

この感覚に至ったのは、「肩甲骨から腕を操る」という意識を練習したからだ。遊武会の石田先生に、肩甲骨の動かして技をかけてもらった。力の流れがわからずに、投げられ続けた。ぼくは、何も知らなかった……と考え込んだ。

肩甲骨を動かし始めたら、すぐに背中が働き始めた。数日間、背中がバキバキである。いまもバキバキだ。ずっと怠けていた筋肉たちが動いてくれた。

そして三日目に、肩が消えたのである。上半身の完全な脱力を手に入れた。

ここからは、完全な脱力のもとで、どのように力を構築するかという課題である。いままでより数段上の緻密な身体操作が可能になるだろう。

サポート金額よりも、サポートメッセージがありがたいんだと気づきました。 読んでいただいて、ありがとうございました。