つきもとちかげの第一歩。
あらゆる作家にとって初期の数作は重要だ。熟練の技術もなく、自らの全てを捧げて描くしかないので、ごまかせない「作家そのもの」が出てしまう。
月本千景という作家も、その例に漏れない。10年後には「この1冊が、月本千景の第一歩だったね。今を貫く全てが詰まっている」と読者は回想することになるだろう。
2019年8月31日、月本さん初の単行本となる『つきのもと』が発売された。作家生活における初期の3作が収められ、装丁やデザインにお金を惜しまず、初版500冊全てに著者のサインが入る。著者だけではなく、ファンにとっても生涯に渡って特別な1冊になるはずだ。
発売の同日、都内の書店で月本千景×佐渡島庸平によるトークイベントが開かれた。「月本さんは、あり方がクリエイターだと思う」という編集者・佐渡島さんに対して、月本さんは何を語るのか。未来の大作家が、自身の生い立ちから将来像まで全て語った60分。
一番古い記憶は、3歳
佐渡島さん「子どものころって、どんな人だった?」
月本さん「親を困らせる子どもでした。迷子になっても泣かないんです。怖くないから。
迷子になった自覚はあるんですけど、最終的には親が見つけてくれるだろうと思っていました。どれだけ親に見つからないか、というゲームをしていたこともあります」
「一番古い記憶は、3歳のときです。入園式で自己紹介をしていて『月本千景でしゅ』と言ったとき、親たちがクスクス笑ったのがショックでした」
<チカゲ犬とチカゲ猫。猫アイコンだが、本人は「犬派」>
初めて漫画を完成させたのは、大学入試
佐渡島さん「いつ漫画を描き始めたんだっけ。きっかけは」
月本さん「病気になって将来を考えたとき、絵が描けるし漫画家にしかなれないと思って、漫画の学校に行くことにしました。漫画だけではなくて、美学などにも関心があったので、一般の大学で漫画も学べるところに行きたいと思って、東京工芸大学を志望しました。
入試のために描いた8p漫画が、初めて完成させた漫画です。大学時代には、6-8つくらい漫画を描きました」
※今後計画するクラファンでは、その漫画が公開されるかもとのこと。佐渡島さん「研究対象になると思って描いていこうよ」
<会場では、大学で得た知識を披露する場面も>
佐渡島さん「あり方がクリエイターだと思う」
佐渡島さん「作家生活で初めての単行本。収録された各作品の経緯は?」
月本さん「『願いの境』は手塚治虫『火の鳥 宇宙編』を呼んで、「私だったらこうは描かない!」と思ったところから始めました。
『遠距離恋愛ノート』は、図書館の本に手紙が挟まってて知らない人と恋愛が始まったらどうなるんだろうと思って。
『春は秋のカゲロウ』は、「死産の子に名前をつけると成仏できないから、名前をつけてはいけない」という話を聞いて、「名前をつけてあげたい」と思って描きました」
<各作品はnoteで読める>
「どの作品にも描きたいシーンがあって、それを伝えるにはどうしたら伝わるだろうと考えて描いていきます」
佐渡島さん「伝えたいものを見つけるのがうまい。あり方がクリエイターだと思う。『願いの境』を読んで、『火の鳥』を思い浮かべる人はいない。だから、いろんな傑作が創作の泉になる。傑作を読んで、自分ならこう描くというのを続けていく。時代を超えて漫画を引き継いでいくのが作家だと思っている」
非現実的な夢を見る
月本さん「『春は秋のカゲロウ』を描くとき、人間じゃない何かを描きたいと思っていました」
佐渡島さん「日常を描くより、SFを描きたがるのはなぜだろう」
「たいてい非現実的な夢を見るんです。空を飛んでいたり、飛びすぎて宇宙まで行ったり。魚になって泳いだり、雲まで伸びる電信柱を泳いでいたり。実際に飛んでいる感覚があります」
萩尾望都2号ではなく、月本さんらしい漫画へ
月本さん「ある人に『萩尾望都さんのテイスト感じるねぇ』と一目で見抜かれて、すごく嬉しかった時があります。事実、萩尾望都第2号になりたいと思っていた時期もありました。
でも今は、それだけじゃいけないなと思っています。嬉しいと思う自分を成長させなきゃいけないなぁと。この漫画は月本にしか描けないよねと思われる人になりたいです」
月本さんは用意された椅子に座らず、1時間立ったまま喋りつづけた。大勢の前で喋るのは苦手だと、申しわけなさそうにする場面もいくつかあった。
佐渡島さんは「漫画が月本さんらしいということは、自分の言葉で喋れること。そのとき萩尾望都さんに会いに行こうよ。5年以内が目標だね」と激励した。
ぼくらは、月本千景が描いていく千の景色のうち、最初のいくつかの景色を見たに過ぎない。これから彼女はどんな漫画を描き、どんな作家になっていくのか。同時代で体験できることは、非常に幸運だ。
最初の景色は、この本にある。
販売書店【TSUTAYA BOOK STORE 五反田店】(イベント会場)
【青山ブックセンター】【渋谷 BOOK LAB TOKYO】【SHIBUYA TSUTAYA】
サポート金額よりも、サポートメッセージがありがたいんだと気づきました。 読んでいただいて、ありがとうございました。