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最終電車

走るのが遅い私の手を君が握った。
『渋谷のセンター街を走る男女』って言えば響きがいい。

でも通り過ぎるカップルとは逆方向に私たちは走っている。

初めて手を繋いでくれた理由は
触れ合いたいからでも、
人混みではぐれないためでも、
私を帰したくないからでもなく、
終電に間に合う為にだった。

街の広告がスポットライトのように君を照らす。

「みて!ちょうど青になる!」
君が嬉しそうに言うから、私は虚しくなった。

スクランブル交差点が赤になって欲しいなんて初めて思う。
なんでこんな時も神様は私たちの背中を押してくれちゃうんだろうか。
そんなことを思いながら交差点を走り抜ける。

「今日私がヒールだったら終電逃してたね」
と、言うと
「そしたらおんぶしてるよ!」
と、あまりにも無邪気に君が言うから
なんだか悔しくなった。
でもその純粋さがとても愛らしくて
そんなところに惹かれたことを思い出した。

改札を通るために私たちは手を離した。
もう手を握る理由がない私たちはお互いスマホを見て時間を確認した。
「間に合ったね!」
「うん!」
あれ、私今どんな顔してるのかな、
乱れた呼吸を整えながらエスカレーターを登っていると電車が到着するというアナウンスが流れていた。

同じホーム。
君は私の反対側の1分先に来る電車に乗る。
最終電車に飛び乗る君の足を引っかけてやりたいと思った。
けど次会うときにおんぶしてもらう為に今日は許してあげよう。

電車に乗って振り向いた君はまた無邪気な笑顔で手を振る。

発車ベルの音が鳴る。

私も手を振る。

扉が閉まる。

直前、私は白線を飛び越えた。

「駆け込み乗車はおやめください」
とアナウンスされ扉が閉まる。

君が驚いた目で私を見る。
私も驚いた目をして見つめ返す。
君はまた無邪気に笑ってくれた。
そして私の手を握ってくれた。

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