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【1%ノンフィクション】Vol.0905(2010年7月14日発行のブログより)

エレベーター。

乙との出逢いは、エレベーターだった。

エレベーターの30秒は人生の縮図だ。

地上36階のインテリジェントビルであるセミナーに参加した後、
甲は帰り⽀度をするのに少し時間がかかった。

講師に質問をしていたのだ。

40人はいたであろう部屋には結局甲と乙の2人きりになってしまった。

甲はそのままエレベーターに向かって下りボタンを押して待った。

遠くからハイヒールの音が近づいてきた。

リズムからコンパスの長さがよくわかった。

エレベーターが空いた。

甲は「開」ボタンを押して待っていた。

乙は、

「あっ、ありがとうございます」

と言ってエレベーターに駆け込んできた。

「いえ・・・」

と答えた甲は、乙の顔を見て驚いた。

セミナー中には気づかなかったが、後ずさりするほどの美人だった。

神様はどうしてこんなに不公平なんだろう、と思えるくらい美しかった。

甲はちょっと、神様を軽蔑した。

それもそのはず、いつもテレビで見ているニュースキャスターではないか。

同時に、ちょっと垢抜けすぎていないピュアさがまた魅力を増していた。

メイクは洗練されているが、地方出身で欧米のクォーターだな、
というのがわかった。

乙は恥ずかしそうに言った。

「今日のセミナー、すごく熱心に聴いておられましたね。」

実は、甲はサクラだった。

もちろん、

「ええ、サクラですから」

とは答えなかった。

「いいとこ見せようと思ってね」

と甲は適当に答えて、焦って途中のフロアのボタンを押した。

ジレンマがあったものの、仕事は仕事だ。

「おやすみなさい」

と言って甲は何とか3階で降りることができた。

返事はなかったが、何とか切り抜けた。

かなりもったいないことをしたと思ったが、職務をまっとうできた。

これがプロフェッショナルというものだ。

振り返った。

乙も⼀緒に降りていた。

「あの、ごめんなさい。間違えてしまって・・・」

この瞬間、甲は人生の運をすべて使い果たしたと悟った。

明日、死刑になってもいいと思えた。

「人間、誰にだって間違いはあるよ」

...千田琢哉(2010年7月14日発行の次代創造館ブログより)

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