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【1%ノンフィクション】Vol.0919(2010年7月28日発行のブログより)

手紙書くよ。

乙と出逢ったのは独りぼっちの卒業旅行中だった。

甲は青春18切符を買い繋いでの47都道府県⼀周旅行だった。

計23日間で北海道から沖縄まですべてを回った。

乙とは大分県の某駅で⼀緒になった。

トラブルがあって2時間停車した暗くて寂しい駅だった。

でも、これが運命だった。

千葉県出⾝で大学では交通社会学を専攻していた
乙は本州の最北端と最南端を目指しての1人卒業旅行だった。

乙の片手には加藤諦三の『高校生日記』が握られていた。

『高校生日記』といえば、
初版1965年でとっくに絶版になっている本だから、
相当な加藤マニアだった。

それを知っている甲も人のことをとやかく言えない。

大分県から宮崎を経て、
鹿児島県まで南下するということで2⼈は意気投合した。

鈍行列車だったが、宮崎県内では各駅の停車時間がとても長く、
まるで2人きりの貸し切り列車のようだった。

たまに背中に大きなかごを抱えたままおばあさんが乗車してくる。

でも、それがまた田舎の匂いがして味わい深かった。

甲と乙は出逢って間もないのに、話が弾んだ。

きっとお互いに1人旅だったから、話し相手が欲しかったに違いない。

知らぬ間に乙は甲の手を握っていた。

宮崎駅のミスドで⼀緒に夕食を取った後、
商店街のゲームセンターで遊んだ後、プリクラを撮った。

駅界隈から旅行慣れた乙が予約していた宿泊先まで、
長い距離をずっと2人で歩いた。

 ・・・・・・・・・・・・

まさか、乙は出逢って24時間後に別れが来るとは、思わなかった。

乙は⼀緒に最南端まで行こうと泣いて懇願した。

周囲に乗車していた女子高生たちが夢中になって注目していた。

甲はひと言、

「手紙書くよ」

とだけ言って甲は乙の小さな白い頬を
グローブのような大きな手でぬぐって西鹿児島駅でそのままで降りた。

女子高生の1人が、

「えっ」

と思わず叫んだのが聞こえた。

乙はそのまま西大山駅に向かった。

甲は乙が見えなくなるまでホームで見送った。

甲は真っ赤に染まった、
JR西鹿児島駅の長い長い、階段をゆっくりと噛み締めるように降りた。

 ...千田琢哉(2010年7月28日発行の次代創造館ブログより)

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