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【1%ノンフィクション】Vol.0912(2010年7月21日発行のブログより)

「お休みなさい」が言えなくて。

夜の11時前だというのに東京は本当にみんな元気だ。

まるで昼間のような明るさと活気で街が動いている。

場所は表参道の交差点だった。

甲は、1人だった。

信号待ちでふと南側を見て驚いた。

六本木ヒルズが猛烈に綺麗に浮き彫りになっている。

ちょうど青山通りは山の尾根のようになっているため、絶景なのだ。

「このスカイスクライバーの中には
すごいエネルギーが詰まっているのだろうな・・・」

甲は想像して鼓動が高鳴った。

3回ほど信号を見送っただろうか・・・

斜め後ろのハナエ・モリビル側から声がした。

「こんばんは」
(おいおい、こんな時間にアンケートか?)

続けて、

「あの・・・ご近所様の甲さん・・・でしたよね」
(宗教の勧誘か?ん?何で名前知ってんだ・・・)

「エレベーターの中ではいつもありがとうございます」

マンションで同じフロアの乙だった。

エレベーターを降りたら甲は右側に、乙は左側に曲がる。

初対面の乙からは、

「お休みなさい」

と声をかけられたのが最初の出逢いだった。

若いのに身なりがしっかりして礼儀正しい子だな、と思っていた。

きっと、育ちがいいのだろうと。

マンション内でみる乙と外で見る乙とではまるで違った。

普段何気なく当たり前に思っている住人でも、
街に出るとこんなに映えるのか・・・

甲は乙のカッコよさに驚いた。

「今仕事終わって取引先と別れたところなんですが、
よろしければ⼀緒に帰りませんか?」

甲はこの後、ピーコックで買い物と
青山リブロで本を買う予定が詰まっていた。

⾃分のペースを乱されるのはごめんだ。

「いや、歩いて帰るから・・・」

甲はきっぱり断ってみた。

「私も歩きます。ピーコックでパスタを買って、
リブロで買いたい本があるんですけど・・・」

厭味なく人懐っこい乙はすごいな、と思えた。

表参道から青山一丁目まで地下鉄で2駅分で
大人の⾜で約30分程度のウォーキングになる。

乙は見かけによらず、買い物がテキパキとして素早いのに驚かされた。

閉店間際のピーコックの値引きされた狙いのパスタを素早く手に取ると、
カマンベールとサラダを掴んでさっとレジに並んだ。

ビブロでは、ファッションの月刊誌と電子書籍関連の本を掴むと
これまた素早くレジに持っていった。

帰り道、乙は赤坂にある金融機関に強みを持つ
外資系コンサルティング会社の入社2年目の社員であることを知った。

入社2年目で月給が100万超えているという。

家賃を考えたらそれもそのはずだった。

「甲さんて、いつも昼間から何やってるんですか?
あ、待ってください。仕事当ててみます」

外苑前の伊藤忠商事東京本社ビル前から青山一丁目のツインビル前まで
20を超える職業を並べられたが、ついに当てられなかった。
(それもそのはず、自分でも職業を知らないのだから・・・)

「そんな仮説構築力と類推力ではコンサルタントとしても
たいしたことないな?」

甲はちょっとからかってみた。

乙はまったく笑わないで、
エレベーターを降りる際に下唇を軽く噛みながら、

「お休みなさい」

が言えなくて、

「そうなんです。私、転職しようと思ってるんです」

とちょっと寂しそうに告白した。

今にも泣き崩れそうだったかもしれない。

甲はあえて気づかないように淡泊に言った。

「それじゃあ、ちょうど今日発売の僕の本をあげるよ」

乙が少し微笑んだその時の表情は、
2008年5月に亡くなった川田亜子アナに瓜⼆つだった。

乙もまた、いつも一人ぼっちだった。

一人ぼっちの女性に美人が多いのは、なぜだろう。

...千田琢哉(2010年7月21日発行の次代創造館ブログより)

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