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【いい店の人と考える、これから先のいい店って? vol.7】平松佑介さん(銭湯〈小杉湯〉代表)

時代が大きな転換期を迎えている今、お店というもののあり方も大きく変わりつつある。
 
お店というのは、住まう人や訪れる人と地域を結びつける、街にとっての窓みたいなものなのではないか。そう考えたとき、これから先の街を、社会を、そして住まう人を元気にしていくような「いい店」とは一体どういうものなのだろう。
 
お店を始めたい人も、既にやってる人も、いい店が好きな人も、みんなが知りたいこれから先の「いい店」のことを、実際に「いい店」をやっている方に聞いてみたい。今回登場するのは、東京・高円寺の老舗銭湯〈小杉湯〉の代表、平松佑介さんである。
 

現代における銭湯は、肉体的にも、精神的にも満たされる場所である。


古着屋、カフェ、中古レコード屋、居酒屋などが多い東京・高円寺。中央線文化と呼ばれる独自のカルチャーが生まれてきたこの街は、一方で昔ながらの商店街に買い物客が訪れ、賑やかな通りを一本入ると路地が入り組み、家々が並ぶ生活の街でもある。
 
そんな一角に建つのが〈小杉湯〉だ。1933年(昭和8年)創業、築90年を迎えた建物は唐破風屋根を持ち、2021年には国の登録有形文化財に登録されている。現在42歳の平松さんはこの銭湯の3代目。さまざまなプロジェクトやイベントを立ち上げ、2024年には原宿への2号店出店も決まるなど、近年最も注目されている銭湯のひとつである。

「東京の銭湯は関東大震災からの復興、終戦後の復興で人口が急増するのに合わせてどんどん増えていきました。当時は内風呂のない家が多かったため、特に昭和20年代~30年代において公衆衛生の要としての銭湯の役割は大きく、ピーク時の1968年には2,687軒を数えました。これは現在の東京のセブンイレブンの数とほぼ同じ。銭湯はいわば、社会的インフラだったのです」

そうはいっても、銭湯も商売である。経営者の中には敷地内にアパートを作り、経営の安定化を計るケースが少なくなかった。小杉湯もそのひとつだ。

「しかし、1960年代後半から各家庭に内風呂が普及し始め、1968年を境に東京の銭湯の数は減少に転じました。2021年末の時点では481軒まで落ち込んでいます。ほとんどの家に内風呂がある以上、この業界は縮小していくのが既定路線で、そのことは子供の頃から肌で感じていました。そんな状況で経営者となってまず感じたことは、銭湯は肉体的にも、精神的にも満たされる場だということです。単に体を洗浄するだけの場所ではなく、多くの人が心の癒しのために小杉湯に来てくれている。これからの時代に求められる銭湯の意義を理解し、経営に生かそうと思いました」

公衆衛生法のもと、入浴料は一律(現在は大人520円)で決まっている。いくら人口密集地帯で客数は多いとはいえ、修繕費や燃料代などランニングコストは年々高騰しており、入浴料収入だけを頼りにするのは今後の経営を考えると難しい。

「たとえば敷地に賃貸マンションを建ててビル型銭湯にし、その家賃収入があるというようなことなら話は別ですが、小杉湯のあたりは立地的に3階より高い建物が建てられません。ならば、この歴史ある建物を昔の姿のまま残して社会的な価値を高め、街のコミュニケーションの中心としてさまざまな繋がりが作れないかと。その上で、この先もずっとこの建物を守りながら銭湯を続けていく。それを一番の目標に掲げました。

それに、街中にずっと同じ建物で同じ商売をやっている店があるというのは、街にとってもそこに住む人にとっても、ある種の安心感を得られるという意味で大事なことだと思うんです。小杉湯はそれこそ祖父母の代から通ってくれているお客さんもいるわけで、経済的合理性の観点では割に合わないかもしれないけど、どんなに時代が変化しようとも、変わらない場所であり続けたい。そう考えました」

小杉湯を中心に街の人々がつながるための、様々なプロジェクト。

小杉湯単体ではなく、小杉湯を中心に人々が行き交うような街づくりを。経営を引き継いだ平松さんがまず手掛けたのは〈銭湯ぐらし〉というプロジェクトだ。
 
「当時、隣に小杉湯所有の風呂なしアパートがあって、老朽化のために取り壊して半分は僕の自宅に、もう半分は小杉湯の施設にすることになっていました。住民の退去から取り壊しまでちょうど1年の間があったのですが、ただ放っておくのは勿体ないということで、知人の建築家に相談したところ、1年限定で家賃無料の風呂なしアパートを運営して、住人たちがやりたいことを小杉湯で実現してもらうのが面白いんじゃないかと。
 
プロジェクトには小杉湯のファンだというミュージシャンやイラストレーター、デザイナーなどが応募してくれて、実際にアパートで生活しながら小杉湯で演劇や音楽ライブを行う“銭湯フェス”を開催したり、アーティストとのコラボ企画が生まれるなど、さまざまな取り組みが行われました。そうした中で、銭湯という場にはすごく可能性があるんだなと感じたのです」
 
家の近くに銭湯があることで、日常にほどよく余白が生まれて新しい物事が生まれる。それを実感した平松さんは、アパートを取り壊した後の2020年、〈銭湯ぐらし〉の住人達が中心となって設立した〈株式会社銭湯ぐらし〉のアイデアを元にコワーキングスペースや食堂を備えた施設〈小杉湯となり〉を作った。入会金11,000円、月会費22,000円で施設が使い放題。会費には銭湯券に交換できるチケット代が含まれており、誰でも銭湯付きのセカンドハウスとして利用できる。

「〈小杉湯となり〉の運営は〈株式会社銭湯ぐらし〉が行っていて、僕はノータッチ。あくまで家賃をいただく立場です。言うなれば小杉湯を好きな人がアパートで実験的な取り組みを行って、その流れで〈小杉湯となり〉という新たな場が生まれ、運営が行われているわけです。
 
ひとつのハコを作って“さあ、来てください”という形ではなく、自然発生的に人が集まって、そこから新しい居場所が作られ、それを魅力的に感じた人がさらに集まってくる。〈小杉湯となり〉ができたことで人と人との有機的なつながりが一気に増えましたね」
 
今後も、小杉湯を自由に使える風呂なしアパートの運営を計画したり、近所のお店とのコラボレーションなど、小杉湯を中心とした「街のつながり」はどんどん広がっている。

「ケの日のハレ」の場所として。変わらないために変わり続ける。

もちろん、小杉湯自体が魅力的な場所であることも大きい。現在の利用者数は平日約400~500人、土日は約800~1000人。コロナ禍以前より増えているという。「きれいで、清潔で、気持ちのいい銭湯」という代々の家訓通り、毎日入浴できる名物のミルク風呂をはじめ、天然素材を使った変わり湯を日替わりで楽しめるし、脱衣所の床はヒノキ材でピカピカ。濡れたら客自らモップで拭くルールなので常にきれいに保たれている。またロッカーとは別にコート掛けが用意されており、寒い季節はありがたい。

ギャラリーを兼ねた居心地のいい待合室には漫画や絵本がずらり。湯上がりに、小さなお子さんへ絵本の読み聞かせができる銭湯はそうないだろう。さらにはドリンクやアイス類も充実している。こうしたホスピタリティは、小杉湯が好きで働く35名の若いスタッフによって保たれている。
 
「今では小杉湯や、小杉湯となりがあるから高円寺に引っ越してくる人も増えています。そんな人たちがゆっくり湯に浸かって、コワーキングスペースで少し仕事して、帰りに古着屋に寄って、軽く飲んでからブラブラ帰るみたいな、高円寺の街全体を味わう時間を楽しんでくれたらいいなって。
 
銭湯は“シェアリングエコノミー”の一つで、それが今の若い世代が普遍的に持っているシェアの価値観にマッチしていると思うんです。あと、小杉湯は約7割が一人客ですが、ひとりで来ても“サイレントコミュニケーション”が行われている。いつも同じ時間帯に居合わせるお客さん同士で軽く会釈したり、他愛もない天気の話をしたり、“いつもいるあのおじいちゃん、今日も定位置だな”と確認するのもそれです。

積極的に他人と関わるわけではないけど、他人の存在を感じられることでホッとする。ちょうどいいさじ加減のコミュニケーションの場として銭湯が選ばれている面もあるのではないでしょうか」

小杉湯では「ケの日のハレ」を銭湯の定義にしている。それはつまり、日常の中の小さな幸せを感じられる場所であるということ。SNSで自分と他人を比較して自己否定に陥りがちな人も、さまざまな属性の人たちがみんな裸になる場でゆっくり湯に浸かり、サイレントコミュニケーションという中距離の関係性の中に身を置くことで、少しづつ自己肯定感を高めていけるのでは。平松さんはこれからの銭湯の社会的役割をそうした部分に見出しているという。
 
「銭湯を長く続けるべくいろいろ試行錯誤していますが、まだ明確な答えが見つかったわけじゃない。ただ、できることはたくさんあるし、いずれはここで構築したビジネスモデルや銭湯文化を他の地域にも広めたい思いもある。“変わらないために変わり続ける”努力は、ずっとしていくつもりです」

平松祐介さん
●ひらまつ・ゆうすけ 1980年、東京生まれ。昭和8年に創業、国登録有形文化財の老舗銭湯「小杉湯」の三代目。空き家アパートを活用した「銭湯ぐらし」、オンラインサロン「銭湯再興プロジェクト」、街と企業との様々なコラボレーションを通して、銭湯を中心に広がる社会関係資本を構築中。2020年3月に複合施設『小杉湯となり』オープン、2024年4月には『小杉湯原宿(仮称)』を開業予定。

小杉湯
住所:東京都杉並区高円寺北3-32-17
営業時間:平日15:30~25:30
土日祝8:00~25:30(全日最終受付25:00)
木曜定休(祝日含む)
https://kosugiyu.co.jp


写真/石原敦志 取材・文/黒田創 編集/木村俊介(散歩社)

散歩社のウェブサイト →  https://samposha.com/

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