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14軒目:中華そば専門店 一龍

カレーと同じく個性豊かなラーメン店が多い下北沢。そんな中で1984年に開店し、昔も今も老若男女から愛され続けているのが《中華そば専門店 一龍》である。

下北沢駅東口から徒歩約3分、雑居ビルの1階にあるカウンター13席のこぢんまりとした店内は地元住民、観光客、近所のアパレルショップの店員などで常に盛況だ。周囲に次々と新店がオープンする激戦区にあって、「下北沢でラーメンといえばここ」という人も少なくないはず。開店から約40年を迎える一龍を創業し、今も店内に立つ坂井良三さんと、2代目として現在店を切り盛りする坂井一雅さんにお話を伺った。

左:父の味を受け継ぎ店を切り盛りする坂井一雅さん、右:一龍創業者の坂井良三さん

40年ずっと変えない。シンプルで飾らない、でもここだけのラーメン。

黄金色のスープに鶏脂がたっぷり浮かび、それとよく絡むちぢれ麺。チャーシューとメンマ、ネギ、紅ショウガというシンプルながら完成された、ずっと変わらない具の組み合わせ。豚と鶏のコク、風味が溢れるやさしい味のスープと共に麺をすする合間に紅ショウガを放り込めば口の中がさっぱりとリセットされ、テーブルにおかれたつぼ漬けでの箸休めもたまらない。一龍の中華そばの満足感は、間違いなくシモキタ名物のひとつだろう。

黄金色のスープは東京のラーメン店の中でも独自の存在感を放つ一品だが、そのルーツは福井県敦賀市にあると創業者の坂井良三さんは話す。

「故郷の敦賀では昔から屋台でこういうラーメンを出している店があって、そのひとつが僕の兄が開いていた《一龍》なんです。僕は元々アパレル業界の人間で、下北沢でメンズショップを経営していたんだけど、故郷の味を東京にも広めたいということで、兄に弟子入りした後に1984年に同じ名前で店を開きました。以来、お店は多少修繕しているけど、場所も雰囲気もずっと変わっていません」

 メニューは基本の中華そばにメンマそば、にんにくそば、もやしそば、ワンタン麺、チャーシュー麺。夏場はこれに冷やし中華が加わる。あとはギョーザとビールのみ。実にシンプルだ。

「ウチの場合、スープは翌日に持ち越さずに毎朝一から作るのがこだわり。作った分は必ずその日のうちに売り切りたいので、昼の休憩時間はとらずに通しで営業しているんです。それなら近所のお店で働く人たちも遅い昼食を食べに来やすいしね。

あとは遠くからでも通ってくれる常連さんや、毎日のように食べに来てくれる人も多いので、とにかく毎日同じ味を出すことを考えています。

他に支店を出さないかと声がかかったこともあるけど、それをやるとどうしても味がブレてしまって“あっちはうまいけどこっちは大したことない”なんて噂が立っちゃうからね。そういう誘いは全部断っていますよ」

名物の中華麺850円、ギョーザ450円。

父と同じ、毎日変わらない味を。


そうした思いは息子の2代目店主・坂井一雅さんにもしっかり受け継がれている。

「僕も小さい頃からこの店の周りで遊んでいたし、将来なんとなく父の後を継ぐのかなとは考えていました。それで学校を出た後にいくつかの中華料理店で修業をして、2011年から一龍で働き始めたのですが、外から見ていたのと実際に厨房に入って作るのとでは大変さが全然違いました。

父と同じやり方でスープを作ってみても、最初はどうも味が違ってしまうし、毎日のように食べてくれている常連さんにはそれがはっきりわかってしまう。以前は厳しめの感想を言われることもしょっちゅうでした。店に入ってきて父がいないと〝今日は息子だけか。じゃあいいや〟と帰ってしまうお客さんもいましたね」

〝父と同じ、毎日変わらない味を提供する〟。

シンプルながらも、極めて難しい問いに直面した一雅さんは努力を重ねた。その甲斐あって今では一龍伝統のラーメンを安定して作れるようになり、2代目として立派に老舗を切り盛りしている。その威勢のいい掛け声は店に新たな活気を与えている。

2代目夫婦と良三さんが、あうんの呼吸でラーメンを仕上げ提供。

「僕もまだまだ元気だから、今でもサポート役で毎日お店には立っています。でもやっぱり下北沢は若者の街だからね。息子夫婦は若い人も入りやすい雰囲気を作ってくれているし、実際にこの周りもどんどん新しい店が出来ていて一日中人通りが多いですよ。

他にもたくさんお店がある中で、わざわざウチに来てくれるお客さんも多いわけだから。その期待に応えられるよう、これからも変わらない味を出し続けられればと思っています」

 そう言って頼もしげに2代目夫婦を見つめる良三さん。どんなに街が新しくなろうとも、ここに行けば〝昔からあるシモキタのラーメン〟が味わえる。それがどれだけ貴重で、おいしさと同時に安心感を得られることか。いつまでも変わらずにいてほしい大切なお店である。

【中華そば専門店 一龍】
東京都世田谷区北沢2-30-11
TEL 03-3466-1671
営業時間:11:00〜麺売り切れ次第終了
定休日:不定休
※直近の店休日情報はインスタグラム(@ichiryu.shimokita)に掲載。

写真/石原敦志 取材・文/黒田創 編集/木村俊介(散歩社)


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