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恋愛における信頼を定義する

信頼とは何か

恋愛において、信頼関係があるとはどのような状態のことか。今回はこの問いについて一つの仮説を概観する。

AさんがBさんと恋愛関係にあるとき、以下の事態がそれぞれ成り立つと思われる。(そしてこれらの事態は恋愛関係の必要条件であり、十分条件ではないと思われる。)

「AさんはBさんのことを信頼している」
「BさんはAさんのことを信頼している」

ある人がある人を信頼するという状態は、状況によって様々あり得るが、殊恋愛関係においてはどのような状態だと考えられるだろうか。まず思いつくのは、相手は自分以外の人と関係を結ぶようなことはないだろう、という期待のようなものである。AさんがBさんを恋愛関係において信頼しているならば、「BさんがCさんを好きになるだろう」と、Aさんが思うことはあり得ないと思われる。そこで、上の事態は次のように言い換えられるかもしれない。

①「AさんはBさんのことを信頼している」
=「Aさんは、Bさんが他の誰かを好きになるとは、考えていない」

他の人と関係を結ぶことを排除するよりも、より強い仕方での信頼があり得る。それは、自分を嫌いになることはないだろう、という期待である。(恋愛関係になれるのは一度に一人のみという前提があれば)恋人が他の誰かを好きになるということは、自分のことを好きでなくなることを含意するが、逆は成り立たない(恋人が、自分のことを好きでなくなったからといって、他の誰かが好きというわけではない)。この意味で、自分を嫌いになることはないだろう、という期待は、より強い期待を恋人にしているといえる。

②「AさんはBさんのことを信頼している」
=「Aさんは、Bさんが自分のことを嫌いになるとは、考えていない」

①と②のどちらが説得的だろうか。ここでは、②がより正しいと考える。第一に、他の人を好きになること以外でも信頼が崩れることは大いにあり得るからである。第二に、恋愛関係には、相手が自分を好きであるという認識が根本的に重要であると直感的に思われるからである。

信頼の根拠は何か

②の言い換えは相当雑なもので、うまくいっているかは怪しいが、ここでは②を仮定した時にどのような結論が出るかをまず考える。

「AさんはBさんのことを信頼している」としたとき、Aさんがこのように考えられる根拠は何だろうか。この問いは、②が正しければ以下のように言い換えられる。

Aさんが、「Bさんが自分のことを嫌いになるはずはない」と考える理由/根拠は何か。

つまり、Aさんが「Bさんは自分のことを好きなはずだ」という確信を持てる根拠は何なのか、ということである。根拠があるとすれば、それは①Aさんに由来するもの②Bさんに由来するもの③AさんとBさん以外に由来するものの3種類のどれかでしかあり得ない。

順番が逆だが③から考える。これは難しいだろう。AさんのBさんに対する信頼が、全く別のCさんやDさん、あるいは人間ですらない石ころやペットのぽちなどではあり得ないと思われる。確かに、CさんがBさんのことを褒めているのをAさんが聞いて、それによってAさんがBさんを信頼することはあり得る。しかしそこでAさんが重要視しているのは、CさんではなくCさんが語るBさんについてのことだと思われる。よって、③はあり得ない。

②はどうだろうか。これはもっともらしいが、よく考えると内実は①に由来するということを以下では述べる。「Bさんが自分のことを好きだ」とAさんが確信している時、この確信は《Bさんはxxxな人が好き》《私(Aさん)はまさにxxxな人である》という二つの信念から構成されると思われる。たとえば、Aさんは以下のような推論をすることができるだろう。

・Bさんは文章力のある人が好き
・私(Aさん)はまさに文章力がある人である
→BさんはAさんが好き

しかしここで、客観的に見てAさんよりも文章力があるCさんが、AさんとBさんの共通コミュニティにいるとする。そうすると、Bさんはより文章力のある人の方が好きなので、上の推論は成り立たず、以下が成立する。

・Bさんは(最も)文章力のある人が好き
・Aさんは文章力がある人である
・しかしCさんはAさんよりも文章力がある
→BさんはCさんが好き

この事例からの教訓は、「Bさんは私のことが好きである」という確信をAさんが持つためには、Bさんが好きな人に求める性質pについて、Aさんは自分が最も優れていると思っていなければならないということである。そうでなければ、Aさんは自分より優れた人の存在に不安を抱き、Bさんが自分を好きだという確信=信頼を得ることができなくなるはずである。

このように考えると、信頼の根拠はBさんに由来するという②の説明は間違っている。なぜなら、Bさんが恋人に期待する性質pは、Aさんが保持するようなものだからである。qでもrでもなく、他でもない性質pを恋人に期待するのはBさんであるという点で、AさんのBさんへの信頼の根底はBさんに由来すると言えるかもしれない。しかし、「Bさんは私が好きだ」という信頼は、Aさんがどれだけ高水準なpを保持しており、また自分に自信を持っているかにかかっている。簡単に言えば、自分に自信がなければ相手が自分のことを好きだと思える確信が持てない、ということである。

以上より、AさんのBさんへの信頼の根拠は、①Aさんに由来するということがわかった。具体的に言えば、Bさんが恋人に求める性質pについて、Aさんは自分が最も優れていると確信している、ということが根拠となる。ここまでの議論を簡単にまとめると以下のようになる。

根拠: Aさんは、Bさんが恋人に求める性質pについて、自分が最も優れていると確信している
信頼: Aさんは、Bさんが自分のことを嫌いになるとは、考えていない

失敗

以上で出た結論は、「自分に自信がない人は人に好かれない」という通説にも当てはまるようなものである。つまり、自分が自信を持って誇れるところがあってこそ、人は自分のことを好きになってくれるということである。このように考えれば、人に好かれるためにはまず自分磨きをしよう、といった結論も出せるだろう。

しかしここまでの議論は失敗だと思われる。具体的には、Aさんが好きだと思っているBさんが本当にAさんのことを好きかはわからずじまいで、Aさんが勝手に両思いだと信じ込んでいる可能性を排除できていない。

Bさんは文章力がある人が好きであり、Aさんは自分が世界で最も文章のうまい人だと考えているとしよう。この時、上の議論に従えば、実際にはAさんに文才のカケラすらなかったとしても、AさんはBさんのことを信頼していることになってしまう。しかし実際には、BさんはAさんのことを好きではないので、Aさんが信頼だと思っているものはただの妄想でしかない。これは、恋愛に限らず信頼関係は、他方がどう思っているかのみで定義づけられるようなものではなく、関係している者が相互的に関わることで初めて成立するような状態であるということを示唆している。

ここまでの議論で分かったことは、恋愛における信頼関係は、自分の持っている能力や性質に自信を持つことに起因すると思われるかもしれないが、少なくともそれだけでは足りないということである。実際には、そのような自信は恋愛における信頼関係に全く関係ないかもしれないし、他の条件と組み合わさって信頼関係を構成するのかもしれない。一つ確実なことは、能力を向上させるだけで無条件に恋愛をできるというわけではないということである。

よろしければぜひ