本と旅する京都 第伍回 宇治お茶の旅-京都宇治茶房 山本甚次郎
堀井七茗園さんでお話を聞いた後、宇治橋商店街の近くを歩くと、美味しそうなお食事処やカフェ、そしてお茶を売る店が連なります。お茶のよい香りを楽しみながら進むと、昔ながらの立派な日本家屋に、「甚」の字が印象的な暖簾のお店が目を引きました。
京都宇治茶房山本甚次郎の山本甚太郎さんは伝統的な栽培方法である本簀栽培を今に受け継ぎ、お抹茶の原料である碾茶を育成栽培、またお茶の収穫時期などを除く週末にこの店舗で碾茶やお抹茶を販売されています。碾茶を飲むのが初めてという翠さんに、甚太郎さんが熱く語りながらお茶を淹れてくれました。
碾茶を石臼で挽いて粉にしたものを抹茶といい、碾茶の状態のものは基本的に飲まれることは少ないそうです。急須で飲むお茶といえば煎茶や玉露ですが、甚太郎さんの茶園では碾茶用のお茶を栽培していることもあり、お抹茶の愉しみにつなげてもらいたいと、まずは碾茶を飲んでもらうようにしているのだそう。宇治市内産の手摘みのお茶や遮光して栽培した覆下のお茶というのは、旨味にこだわって作られており、その旨味をしっかりと抽出するために低温で淹れてくださいました。
「煎茶や玉露は茶葉を揉むことで繊維や組織が壊れて湯に浸したとき、ものすごく出やすく作られているお茶なんですね。碾茶は石臼で挽いてお抹茶にするためのお茶なので、ちょっと出にくい。その分苦み渋みも出にくいですし、素直にその温度帯で思った味が出せるお茶です。時間はかかってしまうのですが、低温で淹れると旨味が出やすいです。このじっくり淹れる時間も含めて楽しんでいただきたいですね」と教えてくれた甚太郎さんに、翠さんも「焦りがちな現代人がゆっくりできる時間を持つのは必要ですよね」と返します。本を発注して、商品が手元に届くまでしばらく時間のかかる本屋SENSE OF WONDERも、その届くまでの時間を楽しんでほしいと考えています。同じように、お茶がゆっくり抽出する時間に、ゆったりと想いを巡らせ、お茶と向き合う時間を持っていただきたいという甚太郎さんの想いは似ているなあと思いました。
いただいた碾茶のお味は、複雑にしっかりした味わいが口のなかから全身に広がるような、出汁のような味わいでした。「今まで飲んできたお茶の感覚で飲むとびっくりするかもしれません。ひと口いただくと香りが広がり、その後も感覚を楽しむお茶ですね。美味しいです。」と翠さん。
宇治のお茶は「旨味」を引き出すために、800年もの間試行錯誤を続け、進化し続けています。そのなかでも、山本甚次郎さんでは葦簀や藁でお茶を覆って遮光する、伝統的な本簀栽培を継承し、誇りをもって美味しいお茶をつくり続けています。お茶は日本全国にあり、先進的なやり方を取り入れてお茶をつくっている方たちもたくさんいるなかで、それを尊重しながらも、伝統的な栽培方法を今に引き継ぎ、それを広く知ってもらうことで日本茶全体の愉しみにつなげたいという、お茶への愛にあふれていました。
お茶を栽培するための伝統的な栽培方法、お茶を手摘みして心を込めて加工して、じっくりと淹れる。そういう手間と歴史があることを知ると、日々飲むお茶への慈しみと自分への時間のかけ方が変わり、豊かな時間が持てるような気がしました。
出演=松尾翠 撮影=若松亮 撮影補助=岡田亜理寿 文=佐賀裕子 スタイリング=Madam Yumiko 撮影協力=松林俊幸
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