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芸術の秋、美術と音楽が交わる季節

どんどん日が短くなってきていますね。朝晩は涼しくも感じられ、秋の到来を感じます。
「食欲の秋」「読書の秋」「スポーツの秋」…と秋はいろいろなことをするのに適した季節です。
そして「芸術の秋」という言葉もよく聞きますね!
芸術にはいろいろな分野がありますが、視覚で感じる“美術”と聴覚で感じる“音楽”はその代表的なものでしょう。

作曲家の中には絵を描く人や、絵からインスピレーションを受ける人もたくさんいます。そして画家の中にも音楽からインスピレーションを受けたり、音楽を絵画で表現しようとした人たちもいます。美術と音楽は、隣接芸術と言われ、実はとても密なものなんです!

ということで今回は、視覚と聴覚を代表する2つの芸術の交差点を探っていきましょう。

絵を描く作曲家

世の中には、絵も描けるし作曲もできるといった、天才的な人がいるものです。
こうした話をすると、まず最初に名前が挙がる作曲家として、メンデルスゾーンがいるでしょう。
銀行家の裕福な家に生まれたメンデルスゾーンは、音楽のみならず絵や語学にも優れていました。旅に行く先々では、水彩画も残しています。

メンデルスゾーン『ルツェルンの風景』

他にも、20世紀の作曲家シェーンベルクも、絵を描くことを趣味としていました。自画像や弟子ベルクの肖像画、マーラーの葬儀の絵などが残っています。カンディンスキーなど表現主義の画家たちとも親交があり、自身も表現主義的な画風で描いていました。

シェーンベルク『青い自画像』

絵画に触発された音楽作品

次に、作曲家が絵画からインスピレーションを受けて作った音楽作品をいくつかご紹介します。
ドビュッシー交響詩《海》北斎の『富嶽三十六景』の「神奈川沖浪裏」からインスピレーションを得て作曲されました。東洋風の五音音階を使った波の表現が、北斎の“浮世絵の波”を感じさせます。

葛飾北斎『富嶽三十六景』より「神奈川沖浪裏」

他にも、ラフマニノフの交響詩《死の島》は、ベックリンの同名の絵画(正確にはそのクリンガーの銅版画複製)に霊感を得て作曲されており、レーガーにも《ベックリンによる4つの音詩》という曲があります。

ラフマニノフやレーガーに影響を与えたベックリン『死の島』

ベックリンは“世紀末芸術”を代表する画家の一人ですが、同時代の作曲家たちに直接的にも間接的にも影響を与えていました。マーラーの《交響曲第4番》の第2楽章は、作曲者が「友ハイン(死神)は演奏する」というイメージを語っており、長2度高く調弦された不気味なヴァイオリン・ソロが、少し不気味な旋律を奏でます。それは、さながらベックリンの『ヴァイオリンを弾く死神のいる自画像』を彷彿とさせるイメージとなっています。

ベックリン『ヴァイオリンを弾く死神のいる自画像』

また、リストの管弦楽作品《死の舞踏》やピアノ曲《伝説》は、中世のフレスコ画から着想を得たと言われています。

リスト《死の舞踏》の元となったフレスコ画『死の勝利』

フランスの現代作曲家、アンリ・デュティユーもまた、絵画を題材に作品を書いています。1978年に書かれた《音色、空間、運動》という管弦楽作品には「星月夜」という副題が付いていますが、これはもちろんゴッホの名画『星月夜』から来ています。天空が渦巻くような様を、特殊な編成のオーケストラを用いて、独自に描いています。

ゴッホ『星月夜』

このように絵画に触発された音楽作品を語ると枚挙にいとまがありませんが、最も有名なのは、ムソルグスキーの組曲《展覧会の絵》でしょう。この作品は、作曲者の友人の画家ガルトマンの遺作展で見た絵を10枚選んで組曲にしたものです。10枚の絵の他に「プロムナード」と題された部分がいくつかあり、美術展を歩くムソルグスキー自身の心情を表しています。第8曲「カタコンベ」はガルトマンへのレクイエムとしての意味合いが込められていますが、このあとの「プロムナード(死せる言葉による死者への呼びかけ)」では、冒頭では明るかった「プロムナード」の旋律が、暗く沈んだ形で再現されます。昔、NHKの番組で、この《展覧会の絵》のもとになった絵を、作曲家の團伊玖磨氏が追跡するドキュメンタリーが放送されました。「革命に消えた絵画~追跡・ムソルグスキー『展覧会の絵』」という番組名でした。高校生の時、筆者はこの番組のビデオを見て、《展覧会の絵》に大変興味を持ちました。この番組の内容は書籍化もされていますので、興味を持たれた方は探してみてはいかがでしょうか。

第5曲「卵の殻をつけた雛の踊り」の元となった絵
第8曲「カタコンベ」の元となった絵
第10曲「キエフの大門」の元になった絵

音楽を絵にした画家たち

これまでは、絵画を愛した作曲家や絵からインスピレーションを受けた作品をご紹介してきましたが、ここからは逆に音楽を絵にした画家たちを紹介します。

まず、シュルレアリスムの先駆け的なスイスの画家、パウル・クレー。バイオリニストでもあったクレーは、音楽を絵画で表現するということで自らの画風を開花させました。ハーモニーやポリフォニーといった音楽表現を、そのまま絵画で表現しています。

クレー『ポリフォニー』

また、フランスのフォーヴィズムの画家ラウル・デュフィも、音楽を愛し、楽器のある風景や作曲家へのオマージュなどを作品に取り入れています。

デュフィ『バッハに捧ぐ』

彼らの活躍したこの19世紀末~20世紀前半という時代、あらゆる芸術分野で活躍する人々が “音楽”に憧れを抱いていました。ニーチェの著作『悲劇の誕生』では、音楽は「最高の芸術形態」と記されており、またヴェルレーヌは『アール・ポエティク』の冒頭に「何よりもまず音楽を」と記しました。“表現主義”など、内からあふれ出る抽象的な何かを求めていた芸術家たちが、最も抽象的な芸術形態である“音楽”を模範とするのは、自然なことのように思えます。これまでの歴史で、絵画を描く音楽はあっても、音楽を描く絵画というものはほとんどありませんでした(楽器を弾いている人の絵などは除く)。これほどまでに“音楽”という表現形態が重要視された時代が、かつてあったでしょうか?

ベートーヴェン・フリーズ -ウィーン世紀末における音楽の優位

こうした中、既存の芸術に反発した若い美術家集団“ウィーン分離派”は、すべての芸術の革新の象徴としてベートーヴェンを掲げ、作品展を行いました。その中心的な作品が、グスタフ・クリムトの大壁画『ベートーヴェン・フリーズ』です。

クリムト『ベートーヴェン・フリーズ』

この作品は、第九のもつ“苦悩を突き抜けて歓喜へ至る”という道筋を再現しています。その中には、第九を当時の演奏会用に編曲したマーラーの姿も、聖騎士としてひっそりと描かれています。今でもウィーンのセセッシオン(分離派会館)に行くと、この絵画が見られます。筆者も8年ほど前、実物を見る機会を得ましたが、その時の感動は今でも胸に残っています。
『ベートーヴェン・フリーズ』が発表された1902年の展覧会では、マックス・クリンガーの『ベートーヴェン像』も展示されています。

視覚にうったえかける“美術”と聴覚にうったえかける“音楽”。表現の方法は違っていても、それらの芸術には密接なかかわりがあるんですね。これからどんどん涼しくなって、過ごしやすい季節になっていきます。心に余裕ができるそんな季節こそ、音楽や絵画をはじめとする芸術を楽しんでみてはいかがでしょうか?


Text by 一色 萌生

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