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育児第一ステージが終わったので仕事と育児の両立を限界ワンオペマザーが語る

息子が明日、小学校へ入学する。
小学生になれるのが嬉しいらしく、期待を胸いっぱいに膨らませている息子を見ていると、いつの間にかよちよちの未就学児ではなくなったのだなと感慨深く思う。

学童に送っていった初日に、新しい環境なのに自分で支度をする姿を見て
「あ、この人はもう赤ちゃんではないんだ」
と当然すぎることが腑に落ちた。
育児の第一ステージが終わったのだと実感した。

育児は0歳からシングルで、親と住みつつも子育てはほぼワンオペ。
フリーランスマーケターとしてひよっこだった当時、私を育ててくれて仕事をくれていた会社は、私の妊娠とほぼ同時に事実上倒産をした。(聞いた話によると私より年下の社長が逃げてしまったらしい)

そんな自分の身を立てるのも困っていた限界妊婦だった約7年前。
現在は、限界ワンオペマザーながら、自分と息子、そしてもう数年すると介護が始まりそうな雰囲気を出している実父1人は食っていけるくらいにはなんとかなっている。

この7年間は駆け抜けてきたので、2年以上前の記憶もそんなにないのだが、せっかくなので覚えている範囲で残しておく。
仕事と育児の両立をどうしたかや、もっと楽にするためには何をすべきだったか的な話を、育児にフォーカスして書こうと思う。

完璧な育児や家事をしないと決める

元々は子どもが好きなタイプでもなく、元から育児に対して夢も理想もなかったのがよかったと思う。
理想的な母親像という固定観念がなく、「母親なのに」と家事育児の不出来を落ち込むこともなかった。

「3歳までは生きてればOK」を合言葉に0~3歳は育児をしていた。

息子が生きていればそれでOKなので、生活は割とめちゃくちゃだったと思う。
というか、1人の時から家事能力が低く、仕事しかしていなかったので生活は元からめちゃくちゃだった。
なので、子どもができたからといっていきなり家事ができるわけでもないのでそこは割り切っていた。

部屋が散らかっていようと、洗濯物が干されっぱなしになっていようと、夕食がレトルトだろうと、私が金を稼いで子が生きていればそれでよかった。

多分母親だとあるあるだと思うのだけど、実母には高頻度で「母親なのに」「孫が可哀想」と苦言を呈された。
でも私にとって金を稼いで子を生かすことこそが愛情だと思っているので、罪悪感も何もなかった。

繰り返しになるが、自分の中にあるべき母親像がなかったのがよかったんだと思う。
結局、4歳以降も育児はともかく、家事は手抜きにも程がある。

子どもに仕事の重要性を伝えておく

5歳で保育園を転園した。
結果、めちゃくちゃに行き渋った。

「ママと一緒にいたい」と毎日大泣き。
後ろ髪引かれまくるが母が見えなくなったら泣き止んでいると聞いて、保育園の先生に引き渡してダッシュで保育園から去る日々。

それでもよかったのは、言葉がわかるようになってきた頃から仕事の重要性を伝えておいたことだと思う。

「お仕事してお金を稼がないと、たとえばお誕生日やクリスマスにプレゼントを買えなくなってしまうかもしれない。もっと困ると毎日食べるご飯が少なくなるかもしれない。それは嫌だと思わない?」
「ママはあなたのことが大切だから、楽しく暮らすために必要なお金を稼ぐためにお仕事に行っているんだよ」

みたいなことを繰り返し伝えていた。

行き渋ったときも
「ママはあなたが大切だからお仕事に行くけど、その間は安全な保育園にいてほしい」
と伝え続けた。

これは息子が多少なら長い話も聞けるタイプで助かったところが大きい。

保育園の行き渋りに関しては担任の先生がずっと協力してくれたことも、本当にありがたかった。

可能な限り日時を約束しない働き方を目指す

子供の発熱で、自身が講師を務めるセミナーを飛ばしたことがある。
自主開催のセミナーだったので、私が顧客から信頼を失うだけで済んだ。(いや私としては死活問題ではあるのだが)

ただ、その時思ったのが、もしこれが他社主催だったり共催のセミナーだったりしたら…。
失われるのは私の信頼だけではない。
考えるだけでゾッとする。

そう思ったときに、コンサルティングやセミナーなど日時をお約束する仕事を減らし、Web広告運用やLPのライティングなど、日時を約束しない形の仕事に切り替えていこうと思った。

切り替えていくのにも時間がかかったが、今は概ねそんな感じで仕事をしている。

育児をしている人と働く

そうはいってもミーティングなどはあるので、日時を約束する仕事はゼロにすることはできない。

仕事に育児は関係ないので、持ち込みたくない。
しかし子の病気などで強制的に仕事に影響が出る。

そんな中、影響が出ても笑って許してくれる人たちがいた。
それは私の事情をわかっていて、自身も育児をしている人たちだった。

急な発熱でミーティングがリスケになってしまっても「大変だね」「お互い様だね」と言ってくれる人たちと優先的に仕事をするようにした。

(できなかったけど)自分以外の人間を頼る

ここからはできなかった話なんだけど、いざというときに預かってもらえる人がいないのは仕事面でも、精神衛生面でも、あまりよろしくなかったなと思う。

本当はもっとシッターだったりファミサポだったりをフル活用して人の手を借りればよかったなと思う。
シッター代は経費では落ちないらしいけど、時間を作り業績を上げるための投資なので。

つい最近も、会合に誘われたけど夜だから行けないということがあったので、これは今後も課題だなとか思いつつ。
ファミサポ、手続きが面倒くさいんだよなぁ、とかも思いつつ。

(できなかったけど)体力をつける

体力おばけの男児を育てながらつくづく思った。
子を産む前に体力をつけておけばよかったと。

元々体力がないところに、産後のダメージが残った体で、子が小さいときは自分自身も毎月風邪をひいていた。
子どもからうつることもあれば、私だけ風邪を引くこともあった。

それに、体力がないと単純に毎日ヘトヘトになる。
毎日ヘトヘトになるから、体力をつける体力的余裕がなくなる。

今は子が起きる前に早朝ランニングをしている。
体力がついてきてもっと早く始めればよかったと思うが、毎日疲労困憊していた数年前じゃ無理だったなとも思う。

これからも仕事と育児は続く

明日から、小学校という育児第二ステージが始まる。
いわゆる『小一の壁』は学童にも入れたし、今のところそんなに影響がなさそうで安心している。

なんせ私は育児第一ステージの6年かけて、ある程度無理せずに楽しく仕事ができるように整えてきたんだ。
ちょっと時間をかけすぎではと思わなくもないが、無駄でもない6年だったと思う。

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