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「合憲判断が、今回も出ると思っていた」原告の主張は、元最高裁判事に正しく読まれているのか?

 2015年に、夫婦同氏制は「合憲」との判決を出した最高裁の判事の1人山本庸幸氏が、今回(2021年6月)の2度目の「合憲」判断について、以下の記事のようにコメントしています。

――今回の大法廷決定について、事前にどう予想されていましたか。
「2015年の大法廷判決と同じだろうと思っていました」
――なぜですか。
「最高裁が判断を変えるのは、よほど社会情勢や世間の認識が変わったとか、これを変えなければ当事者にとってあまりにも酷だとか、今や極めて不合理だなどといった特別な事情がある時だけです。法律論はともかく今回の抗告人の事実上の主張は、要は夫婦別姓でなければ社会生活上不便だということと、世論調査などで選択的夫婦別姓を支持する声が高まっているということだと思います。前者に関しては、最近は旧姓の通称使用が次第に進んできたことから、かつてのような支障がそれだけ少なくなってきていると言えますし、後者に関しては、裁判は世論の数字で決まるのではなく、法律の理屈で決まるものですから」

 クラクラしそうな文章です。

 「最高裁が判断を変えるのは、世間の認識が変わった」ときなので、原告は「選択的夫婦別姓を指示する声が高まっている」と主張したのに、「数字で決まるのではなく法律の理屈で決まる」と言っているのは、一体何がいいたいのかよくわかりませんがそれは置いておくとして、

山本氏は、原告の事実上の主張として、①社会生活上の不便さ、②選択的夫婦別姓を指示する声の高まり、の2点のみを取り上げています。

 これは、全くの誤読といっても差し支えないでしょう。

 なぜなら原告の主張の核は、

「強制的改姓制度によって、自己同一性の問題で苦しんでいる市民がいる」という厳然たる事実だからです。

 確かに、原告の訴状の最初に書いてあるのは、「氏の変更による不利益」です。しかし山本氏はこれを、氏の変更による「社会的な不利益」に矮小化しています。

 実際、訴状文の中で原告らは、

氏名は,「人が個人として尊重される基礎であり,その個人の人格の象徴であって,人格権の一内容を構成するもの」である(最判昭和 63 年 2 月 16 日民集 42 巻 2 号 27 頁)。特に,婚姻までの長期間の使用実績に裏付けられる生来の氏には,高い人格的利益が認められる。これについては,平成 27 年最大判も,「婚姻前に築いた個人の信用,評価,名誉感情等を婚姻後も維持する利益等は(中略)氏を含めた婚姻及び家族に関する法制度の在り方を検討するに当たって考慮すべき人格的利益である」として認めるところである(2590頁)。

として最高裁判例を確認したうえで、その「人格的利益」が損なわれている旨を主張しています。これは、通称使用によりある程度確保されるとされている「社会的利益」の範疇に、全くおさまらないものです。

 なぜ、「同姓婚を選びたいか、別姓婚を選びたいか」という信条の違いによって、「結婚するか、アイデンティティを維持するか」の二者択一を選ばなければならないのでしょうか?

 別姓希望者は、婚姻の自由と、人格権の保持の、どちらかが必ず侵害される構造になっています。

 これは、婚姻の自由と職業選択の自由が二者択一となっていた「住友セメント事件」と同じ構造です。

 「住友セメント事件」とは、1964年に住友セメントが、結婚した女性を、女性の意に反して一方的に解雇した事件です。「結婚退職制」という制度が社内にあり、結婚した女性は退職することになっていたのです。東京地裁は、憲法24条に照らして、結婚退職制は違憲であるという判決を下しました。

 これと同じ構造の被害が起こっている、というのが、選択的夫婦別姓訴訟の主張です。氏名権を保持しようと思えば婚姻の自由が阻害され、婚姻しようと思えば氏名権が侵害されます。

 山本氏は続けて、

――「法律の理屈」ということですが、今回の決定が踏襲した2015年の大法廷判決では、「我が国では夫の姓を選択する夫婦が圧倒的多数を占めるとしても、それが規定のあり方自体から生じた結果であるということはできない」として合憲の理由としていますが、これはどういう意味でしょうか。
「自由選択に委ねた結果、夫の姓を選ぶ夫婦が多くなっているというわけだから、問題は法律にあるのではなく、夫婦どちらかの姓を選べるのに、夫の姓を名乗る慣習が根強く続いていることにあるということです」

として民法750条が「夫婦の協議の下、同一の姓を称する」となっていることから、形式的平等が担保されている旨を述べていますが、

(質問が2015年判決について聞いているからかもしれませんが、)

今回の第二次別姓訴訟では、憲法14条について男女平等の観点からは議論していません。「信条」により差別されないという観点から違憲性を問い直しているのです。男女平等に関する質問に答えたうえで、「法律の理屈」上、憲法14条に関する「信条による差別」について触れてもよかったのではないでしょうか。

※ 憲法14条は、「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」と法の下の平等を定めたもの。第一次訴訟では性別による差別の観点から、第二次訴訟では信条による差別の観点から問題提起を行った。

このインタビューが第二次夫婦別姓訴訟の結果について行われたものだとすると、今回の原告の主張に向き合っていない、的外れな回答になっています。

 事実上の主張といい、憲法14条に関わる主張といい、原告の訴状を読んでいるとは到底思えないインタビューです。

 2015年の判決後から変わっていないのは、世論ではなくて、山本氏なのではないのでしょうか?

 「今回も、合憲判決が出ると思っていた。」

などと固定観念による決めつけをする前に、まずは、原告の訴状を読んで欲しかったと思います。

 別姓訴訟に関する使用は、以下のHPから閲覧できます。


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