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いかなる花の咲くやらん 第9章第2話 「さよならと言えぬ別れの挨拶」

「では兄上、この世に思い残すことが無いように、親切にしていただいた方々にお別れをしてまわりましょう。どのような挨拶かは言えませんが、後々、思い出したときに、『ああ、あの時、別れに来てくれたのだな』と思い返していただけるように」
 
頼朝が明日出発すると耳にした兄弟は、世話になっていた三浦の伯母の家を出ることにした。
「伯母上、お世話になりました。我々はこれより頼朝様の富士野の狩りを見物に参ります」
「伯母上には本当にお世話になりました。母に勘当された この身、伯母上の温かさに どれほど救われたことでしょう」
「何の恩返しもできないことの不甲斐なさよ。もうじき梅雨の季節になります。お体の節々が痛みませんようご自愛ください。そしてたまには曽我へも足をお運びください」
「母と共に梅干しなど つけてあげてください」
「なんだか様子がおかしいですね。よもや おかしなことは考えておりますまいね。とても優しく とても悲しげな お顔をなさっていますよ。どうか私に嘆きや恨みを与えなさるな。曽我の母上を悲しませるな。母上が五郎を勘当したのは 愛するがゆえですよ。今も勘当を解く機会を探しておいでですよ。お分かりであろう」
「もちろんわかっております。これから曽我へ戻り、勘当を解いてもらうつもりです。そして晴れやかな気持ちで 狩りを見物し すぐに戻ってまいります」
「約束ですよ。早々にお戻りなさいよ」
こうして兄弟は三浦を出て小坪、由比、稲村ヶ崎を通り過ぎた。遠くから江ノ島の弁財天を拝み「 今から後生まれ変わり、またこの景色を見られることがあるだろうか」と語り合いながら歩を進めた。平塚を過ぎ、十郎は永遠の茶屋へ、五郎は早川の叔母の館へ行った。早川では伯母の夫の土肥弥太郎遠平が大変喜んで迎えてくれた。
「ずいぶん久しぶりだな」
「ご無沙汰して申し訳ありません。お変わりありませんか」
「ああ、皆、息災だ。十郎殿も元気か」
「はい。おかげさまで 元気にしております。この度 頼朝様の富士野の狩りの様子を拝見したいと話しておりました。しかし、なにぶん母に勘当された身の上、良い鞍がありません。もしできましたら鞍を頂戴できませんか」
「なんだ、そんなことか。お安い御用だ。狩りを見に行くのであれば 乗り心地の良い鞍が必要だろう。十郎の鞍もお持ちになるとよい」
「ありがとうございます」
「そうか そうか。兄弟揃って狩り見物か。そして、この伯父を頼りに来てくれたか。嬉しいことよ。今日は良い日だ。ささ、食事の支度もできたようだ」
五郎は大層なもてなしを受け、その夜はゆっくりと眠りについた。

参考文献 小学館「曽我物語」新編日本古典文学全集53


次回 第9章第3話 「千夜一夜」 に続く



ついに、永遠に自分の秘密を打ち明ける十郎と胸の張り避ける思いの永遠


兄弟には親戚が多く、不遇な兄弟を叔父や叔母が
可愛がっていたようです。
曽我、三浦、岡崎、早川、波田野(秦野)
二宮にも兄弟のお姉さんが嫁いでいて、
現在の西湘地区の多くが親族だったのようですね。
文中に出てくる三浦の伯母さまは三浦義澄の妻です。
残念ながらこの時代の女性の名前は明記されているものが
少ないです。

続きはこちら。

第1話はこちらから。


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