20241023-1

誰かが僕の家に侵入している。布団の上で寝ている僕の隣で、誰かが、確かに、ベランダの窓を開けて入ってきた。僕はそいつを追い出さなければいけない。僕はって言ったけど、同じ事が起きたら誰だってそうしなければいけない。抵抗しないのは、いつでも刺激的なネタを求める芸人と、失うもののない人間だけだ(前者は後者に含まれているのかもしれない)。僕はそのどちらでもない。僕は叫ぼうとする。お前が入ってきたのに気づいているんだと。お前の人生はここで終わりなんだと。必死に叫ぼうとするが、金縛りで喉がなくなったように何も出てこない。腕も、足も、何もかもが動かない。体から筋肉が丁寧に取り除かれてしまったようだ。僕は昨日食べた焼き魚の骨に自分の姿を重ねる。無限に感じられる無力な時間。そんな中で、やっとのことで絞り出した枯れ木のような叫び声とともに僕は目を覚ました。部屋を見渡す。つまらない天井。汚い壁。当たり前だが、誰もいない。人間は本当の襲撃を前にしてモタモタと金縛りにあっていられるほど鈍感にできてはいないのだ。そんな事ができるのは中途半端な金持ちぐらいだろう。ケータイで時計を見ると8時半。ゆっくり寝ようと思った日に限って、なぜこんな時間に目を覚ましてしまうのか。窓の外だってドブを落としたように暗い。本能に従い、僕は再び眠りにつく。
鋭い日光に瞼を貫かれ、僕は目を覚ます。時計を見ると13時半。頭に登った血が、臍まで落ちていくような気分だ。なぜこうも休日というものはうまくいかないのか。毎日遅刻していた高校のどうしようもない同級生だってもう少しまともな生活をしているだろう。野菜の腐敗部を切り落とすように僕は身を起こす。そしていつものように歯を磨き、トイレに行き、SNSを見る。そして14時を迎える。無駄な時間を過ごすことに、僕はあまりに慣れ過ぎてしまっている。今更だが、7割だけ窓を覆ったカーテンを開ける。美しい日差しだ。本当はあと5時間はこの光景を目にすることができたはずだったのに。人生とはままならないものである。そんなふうに外を見ていたら、窓に綺麗な丸い穴が空いているのを見つけた。それも、鍵の真横である。円周率を正確に計算できるそうな美しい曲線。こんなに美しい穴を見たのは初めて本でブラックホールを見た時以来かもしれない。しかし、別世界につながるそれと違い、この穴は僕の部屋に侵入者がいたことを示している。臍まで落ちた血が、一気に脳まで上がってきた。部屋を見渡す。昨日の昼食から置きっぱなしにしていたごはんですよの瓶の位置まで、僕の脳には鮮明に焼き付いているのだ。何かが欠けていないかを確認する。そして、僕は気づいた。壁に貼られた1枚の紙に。「君の家の寸胴鍋は僕がいただきました」。
それは、僕が3日前から仕込んでいたブロードが盗まれたことを意味していた。

td

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?