迎賓館赤坂離宮

この世で一番不思議な生き物はドラゴンでもペガサスでもない。前田くんだ。
彼には不思議なエピソードが多い。周りの友達からも「ズレてるね」とよく言われるらしい。
それはこれから話す。

彼は当初から何故か心に留まる存在だった。
入学早々常に俯いて直帰し誰とも目を合わせない。誰かと話しているところを見たこともない。
ここまで言うと陰湿な奴を想像するだろう。

だが、例えば授業の発表の時に見せる表情は暗さとは縁のない爽快感を帯びた実直な趣があるのだった。発表内容にも手の込んだ丁寧さが感じられる。単位と教授の顔色を気にするクラスの大多数よりもずっとまっすぐで、一生懸命生きているじゃないか。私の目にはそう映った。

他の生徒とつるむ気が無いだけで案外話しかけたら面白いのかもしれない。
わかるよ、私も学内の生徒たちのこと、違う星の生き物だと思うもん。私は彼に半ば暴論な推測と仲間意識を持った。

選択科目が同じ私たちは何度か同じクラスになり、授業の中で協力して問題を解く様になり、連絡先を交換した。
「私たち一回くらい遊んだほうがいい気がする」「じゃあ迎賓館赤坂離宮ね」


午前10時。私たちは迎賓館にやって来た。
風は強く、空は灰色の雲を漂わせていた。
「あれがチェックインの機械だね、発券しようか」無事に手荷物検査を終え、横並びに置かれた自動券売機で事前予約のチケットを発券した。
「アッッ…」
…どうしたの?ふと目をやると前田くんは発券した入場券をひらひらと虚空に舞わせ掴むことができずに格闘していた。
両手とも空いているというのに何故か片手だけを使い、時代劇の大捕物の如くドラマティックなチョップを虚空に繰り出しまくる。
彼は無言で床に落ちた入場券を拾い上げた。

普通に色々と指摘したいが、長時間共に過ごすのは今日が初めてなのだ。
怒りの沸点も知らない相手で、もし序盤から彼の気分を害すれば面倒臭い。
まあいいや。発券できたし。
「私迎賓館についての歴史学んでから来ようと思ったのに昨日忙しくて無理だった」
「確かに、事前学習しとけば良かったな」
私たちは迎賓館のメイン中のメイン、本館へと足を踏み入れた。

本館内は白大理石と金箔とその他豪華に散りばめられた装飾やら調度品やらのドラマティック!ゴージャス!マグニフィセント!な世界。
ロココ調かと思いきや兜やスフィンクスの装飾があり絶妙にオリエンタル。
フランスから輸入されたという椅子やシャンデリアがなんとも形容し難い貴族感をばちばちと放ちまくり、部屋から部屋へと移動するたびに私と前田くんの口は空いて塞がらない。
「凄いねー…」「写真撮れないの勿体無いねー…」

ボランティアのガイドのおじいちゃん曰く「海外からの重要な客人をお出迎えする場所のためウケが良い様になんとなくそれっぽい海外×日本を表現した建物」とのこと。
いやはや眼福で有難い本館であった。

1時間ほどで本館を見終わると、外は霧程度に雨がパラパラと降り出していた。
傘を持たない私たちはこれくらい平気だと主庭の方へと出た。大きな円形の噴水は、本館よろしくオリエンタルな古今東西の生き物たちの石像で飾られ、デコラティブな装いを露わにしていた。

シャチとかカメの石像もすごいけど、それより何より噴水の四方にはなんと大きなグリフォンがいるじゃないか。
「ねえねえ見てグリフォンいるよ!」
「………カメ?」「え、違うグリフォン」
「カメのことかと思った」
「あ、グリフォン知らなかった?」
「ううん、知ってるよ」
……なるほど??
これは確かに私が“ねえねえ見て上半身は鷲で下半身はライオンで翼を持つグリフォンだよ!”と言わなかったのが悪い。伝わらないのも当然だ。

だがこの時、噴水の水はドバドバと勢い良く流れ出て風も強く石像はほぼ大きなグリフォンしか明瞭に認識出来ない。
雨も降り始め水という水が視界を邪魔し言わば大きなグリフォンなら見えるがその下の亀は見えないくらいの悪天候なのだ。
この天気の中グリフォンを認識出来ず亀を認識し、私が「亀のことをグリフォンと呼んでいる」と勘違いしたのだ。なんという珍しい奴だ。
前田くん、やはり侮れない。
そして私はこういうことを一々頭の中で弁論せずにはいられない性格なのだ。
私と前田くんの相性は最高というか最悪というか常に議論したくなってしまう相手と言うべきか。

私は爆笑と疑問の一歩手前を両立した複雑な顔面で、本館を見ながら眉間に皺を寄せる前田くんを眺めた。…なぜ眉間に皺を寄せているんだろう。
見れば彼は今日1日ーーーと言っても会ってから1時間しか経っていないがーーー庭に出て雨が降り出した時よりも遥かに複雑かつ神妙な面持ちで本館を見ているのだ。
カメの一件で拗ねたのかな…色々な国の動物を飾りまくる本館が急に嫌いになったのかな…
「前田くんどうしたの?」
「……」ヤバい、怒ってる。カメ!お前が小さいせいだぞ!
「………あそこ、パイプだけ銀色なの良いね」ん?なんだ✨パイプだけ銀色なの良いなと思う顔だったのか。てっきり怒ってるかと思ってしまった。難しいなあ。

次回:前田くんと迎賓館の衝撃の食事

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