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君の無口さは夏山の彼方へ

長崎での高校時代、山岳部に所属していた。
ハイキングでなく、ガッツリとした登山するのです。
それも山岳競技というザックを背負って登山タイムを競うレースに参加していました。

いかにも山男しかいない男くさい部活だと思われるかもしれませんが、女子部員も数名いました。私はその中の同級生のKさんという人にほのかな恋心を抱いていました。

入学時には別のクラスでしたが、2,3年生は同じクラスになりました。
2年生で同じクラスになることがわかった時はどんなに嬉しかったことか。

しかし、彼女と接触するとなると、けっこうな高い壁があったのです。
それは、彼女が極端に無口であるということ。
話しかけても「うん」とか「わかった」とかしか言ってくれず、なんだかつれないんです。

女子同士では、教室内でけっこう喋っている様でしたが、男子とはあまりしゃべらない。
おっとり無口さんだったのです。
まあ、そういうところが好きでもあったんですけどね。

彼女が山に登る理由は「花が好きだから」だそうでした。
だから、私が山岳競技で国体やインターハイに出場することが決まっても「頑張ってね」ぐらいしか言ってもらえませんでした。そう、彼女にとって競技登山なんてどうでも良かったのです。

何回か隣の席になったことがあったのですが、彼女は休み時間には花の図鑑をずっと眺めていました。だから、私も花に詳しくなろうと思い花の図鑑を読みました。
休み時間に、ふたり隣同士でなにも喋らずにずっと花の図鑑を読んでいるってちょっと異様ですよね。
でも、私はそれで幸せでした。彼女の隣で同じ刻を過ごしていることが。

しかし、安寧な小さな幸せはすぐに壊れてしまいました。
山岳部の一つ上の先輩がKさんのことが好きだと言い出したのです。
先輩はちょっとチャラい感じの人で全然Kさんと性格が釣り合わないのに「以前好きだった娘に似てるから」というこれもチャラい理由で告白すると言うのです。
それも、部員全員居る前で宣言したもんだから、状況的に私に拒否権などありませんでした。今考えると、私がKさんを好きなことを見抜いた上での行動であったのだと思います。

かくして、先輩は彼女に告白し、デートをしていました。そのデートハイキングの写真を部室に張り付けて、先輩は悦に入っていました。

完敗でした。おっとり無口さんだから、だれも手を付けないと思っていた私が甘かったのです。
悔しい思いをした私はその後、競技登山で先輩を超える成績を出そうと、Kさんを忘れるために練習に精を出すしかありませんでした。あまりの練習のしんどさに歯を食いしばり過ぎて歯が欠けてしまう程でした。

3年生の男女合同夏山宿泊登山が、部活の最終活動でした。
合宿最終日、私は意を決していました。

Kさんとちゃんと喋りたい。

その思いが通じたのか、夏山の夕日が沈む時に、少し離れたお手洗いから戻ってきたKさんとばったり出くわしました。それは山の稜線で、夕日が遠くの山々が赤く染まり、彼女の顔もゆったりとした暖色で染めていました。

「先輩とはどう?」
いきなり本題に入ってしまって、しまったと後悔してしまいましたが、彼女からは意外な答えが返って来ました。

「先輩と?ああ、一回ハイキングに連れて行ってもらっただけ..」「先輩は『なんかもっと喋る娘が良いなあって』言って、それきり。付き合ってた?ふふっ..全然そんなんじゃあないのよ」

時すでに遅し。私はずっと付き合ってるものだと思いこんでいた。今更告白するタイミングでもない..

「大学はどこに行くの?」困惑した私は何故かあさっての質問をしていた。
「福祉に興味あるから、東北の大学に行くの。私、末っ子だから何処へ行こうが嫁ごうがどうでもいいから..」彼女はあっさりと言った。

私も対抗するように「僕は京都の大学に行って教師を目指す。新天地に行って人脈を拡げた上で、京都で教師になる。」と言ってしまった。

「そう、良い夢ね..」彼女のおっとりとした口調の言葉は、夕日に照らされて輝いていた。
つられて私は「お互い夢、叶うといいね」と言ってしまった。何故かもう別々の道を歩むことになってしまってるやん!!

こうして告白タイムを逃してしまった私は、現在京都に居ますが教師でない仕事に就き家庭を持っています。
彼女は東北に居るのかな。それとも長崎に帰ってしまったのかな。

今でも、あの稜線の夕日に照らされた言葉は輝いています。

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