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品品喫茶譚 第46回『東京 新高円寺 ブーケ コクテイル書房 ペリカン時代』

高円寺コクテイル書房で今年最後のライブを終えて、しばし店主の狩野さんと話す。特別おつまみセットとハートランドで口が回りだし、色々なことを聞いてもらう。嬉しい時間だった。狩野さんとようやく沢山話せた気がする。
去年から歌い納めをここでやらせてもらっている。
私にとってはこの一年の締めくくりのご褒美みたいな時間で、今年も最高に楽しかった。歌っていると色々な人のことを思い出した。
いつも届かないところへ声が届く。自分でも思ってもいなかったような表現ができる。ライブはいつも反省と興奮だ。やめられるわけがない。
懐かしい人やいつも聴きに来てくれる人、なんか気になってふらりと来て下さった人。
歌を聴きに来てくれて本当にありがとう。
 
店を出て、ペリカン時代に向かう。夜の高円寺は若者の群れ。早足にガード下を過ぎて、いつもの階段を上る。
少ししたら、荻原魚雷さんがやってくる。とりとめのない話を随分と長い時間した。私の最近書いた品品写眞譚Ⅰというエッセイを歌を書くような感じで書けていると言って下さった。
なぜかハイペースで飲み続ける割に意外と足取りのしっかりした魚雷師匠と高円寺を歩く。こんな夜が何度もあった。これからも何度もあったら嬉しい。
と、多少感傷にふけっていると、師匠が明日もペリカン時代で知り合いと飲むとおっしゃった。なんということだろう。六時か七時には来るよお、なんなら行く時間の少し前にメールするよお、とおっしゃって、さささっと家へ帰られた。
 
翌日は今年最後の喫茶店を決めようと思った。高円寺に滞在していたこともあって、向かったのは新高円寺駅近くにある「ブーケ」。何度か訪れたことのあるフェイバリッツ喫茶店のひとつである。店に入ると、奥で青年が一人で珈琲を決めている以外は誰もいない。
窓際の席に座り、往来を眺める。し、往来からも眺められる。
年末の忙しなさか、トランクをひく人たちが多い。これから帰省だろうか。心なしかウーバーイーツやウォルトの姿も多い。もうみんな仕事を納めて家でだらついているのかもしれない。
鞄から文庫を一冊取り出してしばし読み耽る。
この日はブコウスキーの『郵便局』を持ってきていた。ちなみに店のすぐ近くにはブックオフもあるので、ここで一冊適当につまんで(西村賢太的)、ブーケで珈琲を決めながら読書をかますのも最高に楽しいだろう。
お金を払うときに、今日がブーケの年内最終営業日だったことを知る。ぎりぎり間に合った。マスターが丁寧にありがとうございますと言った。
こちらこそありがとうございました。
 
一向にメールが来ないが、もうすぐ七時になる。ペリカン時代へ向かう。
この店はいつ行っても受け入れてくれる懐の深い場所で、何より本当にアットホームである。
一人でカウンターの隅っこで飲み始めるが、師匠は来ない。
スマホをいじる。ビールを飲む。置いてある雑誌を読む。ビールを飲む。知り合いにラインする。ラムコークを飲む。知り合いからの返信に秒で返信する。ラムコークを飲む。という感じでいつのまにか二時間ほど経過したので、明日も早いし、もう来ないっしょと会計をしようとしたところで師匠が現れた。
さて、もちろんこのあともそれなりに長かった。嬉しい言葉をたくさんもらったし、来年の師匠の動きについても。私は二時間のタイムラグにアルコホオルによって著しく図々しくなっているので、師匠に軽口を叩いたりもした。まるで昨日の焼き直しみたいな時間もあったけれども、それが酒場らしくてよかった。

一足先に階段を下りて店を出る。賑わいの戻ってきた街には迂闊と高揚が溢れていて、少し怖かったし、でもこの街はずっとこんな感じだったかもなとも思った。
十五年前、初めてバンドでライブをしたライブハウスも、アイデン&ティティだよ、青春パンクだよ、とわざわざ電車を乗り継いで通ったスタジオもなくなってしまったけれど、行きたい場所はあのころより増えたし、会いたい人も沢山いる。
ガード下をなぞる。そそくさと早足で階段を上る。どきどきしながらドアを開ける。待ち合わせをしていても、していなくても。会える。こんな時間がこれからも過ごせたら。

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