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『尾道滞在記④』

八時半起床。こたつが温い。温いまま二時間。洗濯物が溜まってきたのでコインランドリーに行くことにした。自分はいま宿の一階に滞在している。自分が滞在している部屋からは風呂やキッチン、洗濯機(有料)までは目と鼻の先である。目と鼻の先ではあるけれど、極力利用していない。というのも一階には自分しかいないが、二階には五、六人ほどの女性のライターの方々が滞在されている。男は自分一人である。自分のような男が一階を我が物顔でうろうろしていては、さぞ過ごしづらいことだろう。ましてや自分のあとに洗濯機を使うことになったらちょっと嫌かもしれない。などと、勝手に考えた挙句、町中に一軒、コインランドリーを見つけ、散歩がてら行ってみることにした。コインランドリーは古本屋・弐拾dBの近くにあるようだった。ということは四日連続で藤井君のところに寄れてしまう。流石に会いすぎだろう。これではまるで藤井君に会いに来たみたいだ。いや実際、もちろん尾道に来る以上、藤井君には会いたかったわけだが、今日はよそう。そう思った。
そのコインランドリーは、普段東京や京都の街中で見かけるタイプのものとは若干違う感じだった。民家のガレージ部分に洗濯機が二台、乾燥機が一台、その横には老人がよく使っているようなカートが置かれている。オープンエアは言い過ぎにしても、外感がすごい。黄色く大きい看板がコインランドリーであることを示しているものの、外観は完全に民家であり、まるで人の家のガレージに勝手に侵入している感じがいなめない。しかしここは間違いなくコインランドリーであるわけだし、置かれてる一台はよくその辺のコインランドリーで見かけるタイプのものである。堂々と洗濯するがよい。

洗濯機が回っている間の小一時間、近くのポエムという喫茶店に行く。まん防のためにほとんどの喫茶店が、休業ないし予約またはテイクアウトをしている中、ポエムは普通に開いていて嬉しかった。以前、この店を訪れた時、最初は自分と連れ(藤井君)だけだった店内がみるみるうちに近所の常連の老人たちでパンパンもパンパン、ドパンパンの満席になったことがあったが、今回はすでに常連の老人たちで盛況だった。運よく席が一つ空いていたのでコーヒーを注文し、本を読む。続々と常連の老人が合流してくる。厨房では店主のおばあさんがフロアのおばあさんに「もうモーニングないよ!」と言っている。それを聞いたのか、聞いていないのか、おじいさんが「儂は電話予約しているんじゃけえ」とぼそっと言った。果たして注文できたのだろうか。
店を出るころ、洗濯機に洗剤を入れずに回しちゃったことに気づいたがもう遅い。まあ水洗いしただけでも大分違うだろうと気持ちを切り替えて、乾燥機を回す。また一時間の待ち時間ができたので、次は尾道浪漫コーヒーという、商店街の中ではほぼ唯一チェーン店然とした「ちょっと時間あいたし、ドトール行こうか」みたいなノリで入れる喫茶店に入って、さっきの続きの読書をしているうちに乾燥機も終わった。

今日は夕刻からシネマ尾道に映画を観に行くつもりだったので、それまで部屋で歌を作ることにした。できかけていたものとまっさらな状態から新しく作るものを同時進行で作っていく。数日後、尾道最後の夜にこの新しい曲を披露する配信をしたいと思った。京都に帰って数日後の二十三日には拾得で久しぶりのライブがある。尾道にいられる間、あと何曲か作れたらいいなと思う。来場者特典に配る用に文章もものしたい。

シネマ尾道でちょうど観たかったアレクサンダー・ロックウェル監督の『スウィート・シング』という映画が昨日から始まった。来る前から絶対に観ようと決めていたところ、ライターズインレジデンスの参加特典でシネマ尾道の招待券を戴いてしまい、渡りに船というと、尾道では少しややこしいけれど、ラッキーであった。映画は素晴らしかった。基本、モノクロなのだが、ある一瞬、カラーになるシーンが何か所かあり、それが切なさを強調し、また彩ってもいる。最後、少し色々まとまりすぎたかとも思ったけれど、不幸を不幸なままに幸せを幸せのままに淡々と描く感じがよかった。何より音楽がとてもよく、この映画を観た帰り道にはきっとビリー・ホリデイの曲を聴きたくなるだろう。
夜ご飯をコンビニで買って帰る。店員さんの名前が自分の本名と同じだったので、妙に親近感が湧いて思わず話しかけそうになった。しかしそんなことをして一体誰が得をするというのだろう。危ないところだった。部屋に帰って、シネマ尾道で買ったパンフレットをパラパラめくる。最近は、心が本当に動いた時にだけその映画のパンフレットを買うことにしている。

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