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『尾道滞在記②』

布団に入って、持ってきたプルースト『失われた時を求めて①スワン家のほうへⅠ』を読んでいると急激に眠気が襲ってきて寝落ち、気がついてまた読み出すけれど全然どこを読んだかわからない、というか読んでいるところも意味がよくわからない。で、また気づいたら寝落ち、みたいな感じを繰り返し、深夜二時ごろに就寝した。最後の方はプルーストを閉じ、町田康さんの新刊『男の愛』を読んでいた。こちらは逆に面白すぎて眠れなくなりそうだったので途中で閉じた。

朝は近くを散歩する予定だったけれど起きられず、十時に宿に併設したカッフェに集合し、坂をゆるゆる降りながら企画主催者の方(主催の女性の方とスタッフの男性の方)からそこここに点在するお店や寺社仏閣などを案内・説明していただいた。途中、パン屋さんでパンを購う時間が設けられ、自分はカヌレとメロンパンを購入した。海辺で食べたいと思った。パン屋を出ると誰もおらず焦った。道の影からスタッフの男性が出てきたので、案内が始まってから全く喋っていなかったこともあって、思いきって「いやあまじで置いていかれたかと思いましたよお」とふにゃふにゃ言ってみたら、笑ってくれた。が、そのあとの会話が続かなくて申し訳なかった。
参加者は自分以外みな女性である。まだ自己紹介の時間がない(明日軽めの交流会があるという)ので、誰が誰なのか分からない。もちろん自分も何だかわからない、というか一番何だか分からないのが自分だろう。歌を歌い、文章も書いているバンドみたいな名前のフォークシンガーです。何とか打ち解けたい。何より周りに気を遣わせないようにしたい。

尾道案内の終点は三軒家アパートメントという古い集合住宅を生かした複合施設だった。ご飯屋やレコード屋、古本屋などが入っている。ここでまた昨日もお茶をした藤井君と会う。藤井君は古本屋・弐拾dBのほかにここで古書分室ミリバールというお店もしている。まるで彼につきまとっている様で本当に申し訳ないが、散会した後にお店に寄る。藤井君は今日が誕生日だという。自分は誕生日は特別な日であるという意識が強く、己の誕生日には普通にしていられない、というかその日一日はもう浮かれっぱなし、はしゃぎまくり、他人に甘えっぱなしという体たらくである。ちゃんと店を開ける彼はえらい。
言うか迷ったけど、藤井君と自分の関係性だ、もう何度もお茶したり、酒を酌み交わしたりもしている。ステディだ。大丈夫だ。と思い、今日がうちのじいさんの命日である旨を伝える。聞いてくれる。談笑する。でもやはりデリカシーがなかったなあといま書きながら思っていたら、寺の鐘が鳴った。二回も鳴った。現在ちょうど十八時。藤井君の古本屋・弐拾dBは二十三時開店の深夜の古本屋である。夜も更けたころ、訪ねるつもりでいる。もう少し綴る。

藤井君に教えてもらった喫茶店によって昼食をすまし、堤防に腰かけてカヌレをもしゃもしゃしていると、少し寒くなってきたので宿に戻ることにした。以前、尾道を訪れた時に通った猫の細道を歩いて帰る。その時に訪れたカフェも休業中。猫もおらず、いつもの道に合流する。公園では中学生か高校生くらいのカップルが仲良くベンチに座っていた。なるべく音をたてないように通過しようとするものの、そうしようとすればするほど怪しくなってしまって恥ずかしい。眼鏡は息切れの呼気で曇っている。そのまま宿の横の道を登って、千光寺公園を少し散歩した。街を一望できるところから何気なくさっきの公園のほうを見下ろすと、先ほどまで静かに座っていた二人がきゃっきゃ言いながら楽しそうにキャッチボールをしていた。自分にはなかった青春だ。謳歌してほしい。遠くでは向島に向かう渡し船の波紋がきれいな円を描いていて、夕暮れ。猫が二匹、自分の横を並んで通り過ぎていった。

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