見出し画像

『尾道滞在記③』

尾道に来てから毎日会っている藤井君の店、古本屋・弐拾dBに二十三時過ぎごろ向かう。暗く人のいない道をなぜか際限なく曇る眼鏡と共に歩く。店に入ると、外との温度差でまた曇る。つまりずっと曇っている。数年ぶりの弐拾dBは名実ともに立派な古本屋の風情。常連さんも多く、何人かの方と挨拶をした。店主の藤井君は何か思い煩うことがあったらしく、目がうつろ、焦点もほぼほぼ合っていないにもかかわらず、しっかり接客していて流石だなあ、大丈夫かなあと思った。ガラスケースに入っていた尾崎一雄『人生風景』を買う。久しぶりの店で何かしっかりとした古本を一冊買おうと決めていた。良い本を買えた。常連さんの青年と店主の藤井君としばし談笑したのち、眼鏡を曇らせながら宿へと帰る。

三日目。朝八時くらいに起床。三日目ともなると流石に宿から下に降りる石段にも慣れた。のであればよかったが、実際は両方の膝が痛くなり、牛歩・亀の足取りで下までよたよたと降りる。ぷらぷら駅の方まで歩いていって、何気なくミスドに入り、ポンデリング・チョコファッション・チョコファッションにカラフルなチョコがかかったやつなど三点のドーナッツを購う。そのまま海沿いのベンチに座って、それらをもぐもぐ食していると、ハトがちゃかちゃか近寄ったり遠ざかったりしてきて嫌だった。二個目のドーナッツで結構お腹いっぱいになってしまい、昨日購った尾崎一雄を取り出してしばし読み耽る。最近はもっぱら現代作家の小説を読むことが多くなったが、そもそも古本を購うきっかけになった尾崎一雄や上林暁・梅崎春生などはいつ読んでも面白い。こういう作家の古い本はちょっと乱暴に扱っただけで破れたり、紙がほどけたりしてしまう。卵を持つみたいに大切に扱う。

行きたかった喫茶店はまん防のため、予約者のみの営業になっていた。ちょっと前に無理して食べた三つ目のドーナッツのせいで何とも口中が甘ったるい。塩味を求めて「みやち」というラーメン屋に入った。外に貼ってある小学生の作ったお店の紹介文が可愛くて、思わず入ったのである。カレー中華というラーメンを食し、外に出ると、ものごつい眠気。宿に戻って少し昼寝をする。青天の尾道をのぞむなんとも贅沢な昼寝になった。
十七時からはライターズインレジデンスに参加するライター同士の交流会が催された。
ここでようやく自己紹介。いきなり最初に指名され、己がフォークシンガーであること、文章の仕事もしており連載も持っている。週一で喫茶店のエッセイも書いていることをなんとか伝える。おまけに持参した自著・CDまで取り出して、見てもらった。それでも自分のことがどの程度まで伝わっているのかいまいちよく分からなかった。自分の他に参加している方々は、主にフリーライターが多く、短歌を書くために参加した方もいた。二時間ほどポッキーなどをくわえつつお茶をしたけれど、自分はほとんど喋っていない。もっと自分を出していこうぜええ。と、心の中でギアをあげようとしてみるものの、おとなしく座ったまま散会となった。

十九時過ぎに、もはやお馴染み弐拾dB・藤井君から電話。今日は彼の新居に招かれていたのである。気にかけてくれる人のいるありがたさ。途中、コンビニによってビールを数本買って持参した。色々な方と談笑し、楽しかった。二十三時も過ぎたころ、自分の中で会が飽和した感じがしたので、宿に帰ってきた。真っ暗な石段を一歩ずつゆっくりと登っていく。延々続く石段に途中、思わず発狂しそうになったけれども、人はそんなことでは発狂しない。

画像1


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?